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【シバレン】ノミのたわごと【眠狂四郎】

1 :吾輩は名無しである:05/02/04 23:01:33
ぼくは、シバレンさんが好きだ!

2 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :05/02/04 23:05:18
もれ
ぜんシリーズ
よんだよ

すごいエッチだおっ♪


3 :吾輩は名無しである:05/02/04 23:29:10
眠、お前を斬る!

4 :吾輩は名無しである:05/02/04 23:37:27
もうエロエロですぅ(;´Д`)ハァハァ・・・

5 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :05/02/04 23:38:37
ロマンポルノが
さんぽさがって
みつゆびつくくらい
エッチだおっ♪




6 :吾輩は名無しである:05/02/04 23:38:43
第25回芥川賞・直木賞に柴田錬三郎「デスマスク」が両方に候補に残って
る、いったいどういうこと?
ちなみにその時の受賞者は、
芥川賞 石川利光・安部公房
直木賞 源氏鶏太

7 :吾輩は名無しである:05/02/04 23:40:11
>>5
へええー、じゃあ読んでみようかな。

8 :485:05/02/04 23:49:57
板ちがいだけど、市川雷蔵主演の映画版も良いよ。

9 :吾輩は名無しである:05/02/05 12:00:52
わが毒舌、地べたから物申す、どうでもいいことばかり、円月説法。
この中では、どうでもいいことばかりが一番好きだ。

10 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :05/02/05 19:30:09
>市川雷蔵主演の映画
みたし
ブロマイドもってるし
片岡孝夫(とうじ)のじだいドラマもあった
どっちも
たいしてよくないし
げんさくのエロさをそこなっているから



11 :吾輩は名無しである:05/02/05 20:07:10
ぼくが、シバレンさんを大好きなのは、
あの人が、大衆小説で生きよう!と、決断した日から、
どんな短編でも小説でも、決して妥協しなかったことだ。
この中に、どのようなビックリするネタを仕込もうか、
どうしたら、読者を喜ばせてあげられるのか、
そういう、巷談師としての、人を喜ばせる工夫努力を、
骨身を削って、続けて続けて…、
とうとう精魂尽きて、逝ってしまった。

シバレンさんは、純文学とかなにやらの、
己だけが満足する、オナニー小説を、断固!拒否した。

シバレンさんは、優しい人だった。

シバレンさんが大好きだった人は、
俳優は、田村正和、画家は、横尾忠則、オヤジは、今東光、
日本の小説家は、久生十蘭、畏怖する先輩が、中島敦。
シバレンさんは、いまも、高輪プリンスのラウンジで、
独り、じっと坐っているらしい。

12 :吾輩は名無しである:05/02/06 10:59:30
シバレン面白いけどさ、池波正太郎とどっちが面白いと思う?

13 :吾輩は名無しである:05/02/06 12:06:29
時代小説の大御所は、シバレンさんと五味康祐さん。
眠狂四郎と柳生武芸帳。
使われている語彙も内容も密度も娯楽性も段違い。
でも、現代物については、あんまし得意ではないかも。

14 :吾輩は名無しである:05/02/06 19:24:06
集英社文庫で、出ていた「地獄の館」。
これをぜひお奨めしたい。
シバレンさんの、面白味、孤独さ、優しさ、戦争体験、切なさ…、
そういうものをすべて凝縮した文庫本だ。
最後の「白い戦慄」は、ぼくがもう、大好きな作品だ。

15 :吾輩は名無しである:05/02/07 19:37:41
シバレンさんは、占星術の大家でもあった。
いろいろなところでその薀蓄を披瀝していた。
ところで、シバレンさんは何座だったのかと言うと、
これが牡羊座だ。
牡羊座というのは、火星を守護星とした、過激な星座で、
黒澤明、三船敏郎、ヒトラー、遠藤周作、カラヤン、
黒川紀章、板垣退助、加山雄三和田アキコと、
見るからに、カッカカッカした連中ばっかではないか。

16 :吾輩は名無しである:05/02/07 23:13:07
会ったことあるの?

17 :吾輩は名無しである:05/02/08 19:46:35
大部屋作家の、姫野カオルコさんも、
シバレンさんが、大大大大好きでね、
プレーボーイの極道辻説法に、
シバレンさんが好きですきでたまりません。
滋賀から東京に出たい!って、熱烈な手紙を書いたんだ。
今東光さんの返事が面白くて、
出たけりゃ出てきたらいいだろ、シバレンに会って、
一喝食らわされるのか、抱かれるのか、
そんなこと知らんけど、って。
シバレンさんは、みんな好きなんだよ。
いまでも。

18 :吾輩は名無しである:05/02/09 21:51:52
シバレンさんが云うには、
戦時中に徴用されて、船舶砲兵隊に所属したんだと。
南下した輸送船が魚雷を浴びて沈没したと。
そのへんからが物語的になっちゃうんだけども、
当番士官の中尉が、シバレンさんに、いろいろ注意したと、
「魚雷はケツに当たった。この場合は、ケツから沈む。
慌てて海に飛び込んじゃいかん。どんどん沈んで、海面が
同じ高さになったら飛び込め。そうしたら、とにかく、
できるだけ遠くに泳ぐんだぞ。底からものすごい勢いで
浮遊物が上がってくるんだ。当たったら御陀仏だぞ!って、
そのあと、
無念無想で、ただただ波間に漂って、茫然自失、
それが、のちの眠狂四郎の発想につながったそうだ。

19 :吾輩は名無しである:05/02/10 19:59:02
シバレンさんは、一応、慶應大學の支那文学科を出ていたから、
徴用されても、見習士官の試験を受けるよう、上官から言われた。
でも、下級士官なんて、「突撃ー、突っ込めー」で、
真っ先に戦死すると決まっていたから、これを拒否した。
待っていたのは、下士官どものリンチだった。
前歯を全部折られ、右目の視力も長いこと失うハメとなった。
そして、バシー海峡での、死線を彷徨った、数時間。
船内から必死で浮かび上がって来た、まだ幼い顔の少年兵を見たとき、
シバレンさんは、悲しさのあまり、一切の感情を忘れ、
むかし覚えた漢詩を詠い、ただただ、波間に浮かんでいたそうだ。

20 :吾輩は名無しである:05/02/10 20:36:24
柴田錬三郎生前の発言で印象に残っているのは、1976年夏の超ベストセラー
芥川賞受賞作、村上龍「限りなく透明に近いブルー」の対して、
「題名が日本語になっていない。限りなく透明に近かったら色なんか付いて
いないだろう?」
なんてことない指摘だが記憶に残っている。

21 :吾輩は名無しである:05/02/10 21:06:35
それを言うなら、後輩の遠藤周作が、
なんかの本で、「たそがれの陽が、燦燦とふりそそいでいた」とか、
そんなのを書いたとき、
たそがれとは「たそかれであろう?」つまり、
あそこに居るのは誰だろうか?という、夕闇のあたりが暗くなって、
よく見えない時刻をたそがれというのに、陽が燦燦と輝いて、
いるわけねえーだろ!このヴォケ!と一喝していたのを思い出した。
(このタワゴトを365回の連載にしようと思ったが、1回損した)

22 :吾輩は名無しである:05/02/11 19:21:14
シバレンさんは、酒は飲めば飲めた。
体が酒を受けつけないということではなかった。
自分では、飲む打つ買うの三拍子が全部そろっていたら、
とても生きていられないので、自分は、飲むだけは自分で禁じている、
などと言っていた。
でも、あんまり酒は飲まなかったし、強くもなかったようだ。
有吉佐和子さんが「恍惚の人」を出して、それを読んだシバレンさんが、
あまりの胸くそ悪さに、ウィスキーをがぶ飲みしてしまい、
そのあと、大変な往生をしたそうだ。
どうやら、そういう懲り懲りの体験が、シバレンさんから、
酒を遠ざけたのではないのか、
そんな気がしている。

23 :吾輩は名無しである:05/02/12 19:59:34
こんなに、シバレンさんが好きなのに、
実は、シバレンさんの死因を知らない。
自分では、生前、肺がんかも知れないとか何とか言っていたが、
肺がんだったのだろうか?
シバレンさんは、タバコは吸った。
ラークが好きだった。マイルドとかの出る前の、あの、
濃厚な血沈みたいな色のパッケージのヤシだ。
おかげで一時期、ラークを愛用した。
マイルドもずいぶん吸った。ラークという名前が、妙に
意味ありげで、奥が深そうで、まあ、ちょっと、キナ臭さの独特の煙草だ。
いかんねえ、あんな痩せっぽちで、タバコを、がばがばでは、
いったい、シバレンさんは、何を患って死んだのか?
ご存知の方がいらっしゃったなら、ぜひお教えいただきたい。
病院も、ついでに、教えて欲しいなあ。

24 :吾輩は名無しである:05/02/13 15:55:28
柴田練三郎の死因は、
肺性心とか白血病とか言われていますが、実のところはどうなのでしょうか。
わたくしも知りたいです。

25 :吾輩は名無しである:05/02/13 20:21:57
晩年のシバレンさんは、極度の不眠に悩まされていた。
横尾忠則さんと高輪プリンスで、一緒に過ごした日々。
うろつき夜太とかなんとかいう企画で、
あの二人は、なんだか訳のわからない空間を過していた。
一睡もしなかったシバレンさん、結構よく寝た横尾さん。
朝、二人は、ラウンジでテーブルを挟んで向かい合い、
コーヒーを飲みながら、さまざまな雑談をしたという。
シバレンさんは、その間、実の女房に語るより以上の何事かを、
横尾さんに語ったらしいのだが、
横尾さんは、全部、右から左、聞き流して、忘れてしまった。
夜中の2時に、シバレンさんから電話が掛かって来た。
「もう寝てましたか?」
(寝てるに決まってるじゃん、夜中の2時だもの)
「いま、UFOが飛んでいましてね」
「…」
別段、そんなに不眠になるほど、悩むことはなさそうだが…、
働かなくても、もう印税で食って行けただろうに。
芸人、役者、巷談師、小説家、作曲家…、
創造に従事する人々の心は、さっぱり理解しがたい。

26 :吾輩は名無しである:05/02/14 19:33:08
もしかして、シバレンさんは、今で云う、ミーハーだったのかも知れない。
「ホンモノは誰だ」とか、そんな番組にもレギュラー出演していた。
シバレンさんの書いた本は、原作として、ずいぶん、ドラマ化もされた。
その都度、撮影現場とかにも呼ばれ、なにがしかの、アドバイスもした。
あるとき、TBSかなんかの時代劇で、竹脇無我が殺陣をやる
ドラマがあり、それを観たシバレンさんが、激怒!
あんな殺陣をやるようなドラマなら、俺は、作品供給しない!
(そう云ったかどうか、とにかく怒った)
刀は、ご存知のように、刃と峰があり、それを握る手や腕は、
最もその力が効果的に発揮できるよう、物理的な直線を描いていなければ
ならない。刀の握り方も斬り方も、ぜんぜん素人の役者にやられたから、
シバレンさんが怒った。
確か、シバレンさんは、刀も何振か持っていたはずだけども、
不明にして、その銘を知らない。

27 :吾輩は名無しである:05/02/15 20:11:16
シバレンさんは、岡山の産である。
なんでも、おばあちゃん子だったそうだ。
子供のときから、ウソつきだった。
ウソとは、いわゆる一般で云う嘘ではなく、物語をこしらえたり、
編み上げたり、語ったりの、そういうウソだ。
そのウソを、おばあちゃんは、桃太郎のキビダンゴの話でも聴くように、
いつもニコニコ楽しそうに聴いてくれていたのだという。
若い頃(多分学生時代だろうが)、シバレンさんは仲間と東北を旅した。
最上川に遊んだとき、向う岸に渡り、また戻って来れるかどうか、
そんな度胸試しの話になった。
シバレンさんは、大見栄を切って、流れに飛び込んだ。
それは、恐ろしい急流で、しかもこれまで味わったことのない冷たさだった。
ようやく、死にモノ狂いで必死で対岸に泳ぎついたシバレンさん。
本当は、そこで降参し、救助を待つべきだった。
ところが、シバレンのやせ我慢が、それを許さなかった。
またも、泳ぎ返してしまったのだ。
すでに、余力は尽き果てていた。
どうやって、戻り付いたのか、定かではない。
本人はとっくに意識を失っていた。すでに体温も失せ、死人の状態。
病院に担ぎ込まれたが、助かりようもなかった。
ところが、ある瞬間を境に、生気が甦った。
シバレンさんは、生きかえった。
寸分もたがわぬその同時刻、あの、大好きだったおばあさんが、
息を引き取っていた…、
シバレンさんは、何度もなんども、不思議な体験をしている。
霊感が、とてつもなく鋭かったのも、わかるような気がする。

28 :吾輩は名無しである:05/02/16 20:09:58
「イエスの裔」で直木賞を取ったあとも、
シバレンさんには、まったく、仕事の注文がなかった。
ヒマで仕方ないから、毎日、パチンコをやって過した。
シバレンさんには、女房と、たしか、娘さんがいたはずだ。
一人娘だったと思う。
やがて、突然、原稿が爆発的に売れ出した。今で言うバブルである。
シバレンさんは、税金が翌年に科されるということを、知らなかった。
ブームに乗って、いくらでも入って来るアブク銭を、
そのまま右から左へ蕩尽した。
翌年、税務署から納税通知書が、届いた。
開けてみると、すべての預貯金、財産、家屋敷を処分しても、
とても払える額ではなかった。
(税金は忘れた頃にやってくる。)
シバレンさんは、黒字倒産してしまった。
シバレンさんが亡くなったあと、亡くなった作家の女房の座談会みたいな、
雑誌の企画があった。
締め切りで苦しくなると、やっぱり、シバレンさんも、
女房に八つ当たりすることがあったらしい。
ところが、それが、100%シバレン側に非があり、
女房には何の落ち度もなかったことが、後日わかると、
「すまなかった」
小さなメモ紙にそう書いて、そっと、奥さんの、
目の届くところに置いておいたそうだ。
「すごく優しくて、カワイイご亭主だったのねぇ!」
他の女房どもが、皆、そう言って、歯ぎしりしたそうだ。
シバレンさんは、そういう人だった。

29 :吾輩は名無しである:05/02/17 20:17:17
シバレンさんは、慶應の支那文学の出身だ。
だから、いちいち漢字、漢語へのこだわりが強い。
毒舌、毒舌なのかどうだか、わからないが、
たしかに、そういうのも多かった。
「殖」という字は、もともとは、死体を打ち捨てておくと、やがて、
腐敗溶解し、ずぶずぶになって、流れ出すことを云うのだそうだ。
だから、会社の名前に「殖産住宅」などとつけるのは、
極めて不吉で、無学も甚だしい!
そういう毒舌、毒舌だかなんだかわからないのを、ずいぶん吐いた。
日中国交正常化のとき、田中角栄が詠んだ漢詩に対して、
幼稚園児ですら詠まないゴミクズを、一国の首相が吐いたと、
公然と嘆いたのもシバレンさんだった。
漢詩を成立させる、平仄も押韻も、角栄さんは、無学で、実は、
何も知らなかった。
「ペキンのお空は青かった」
毛沢東も周恩来も、いったいどんな顔をして笑ったろうか?
シバレンさんには、それが、とてつもなく悔しかったのだろう。

30 :吾輩は名無しである:05/02/18 20:26:15
眠狂四郎という名前は、実は、中里介山「大菩薩峠」を意識して、
考え出されたものだ。大菩薩峠の主人公は、机竜之介。
眠狂四郎とは、ゴロも字数もちゃんと合っている。
主人公の名前を考えるとき、あまりに奇をてらう、
読者がピンと来ないものを選んでは、いけないらしい。
できれば、人々の日常生活で、常に接していて、違和感のないものがいい。
「机」はその点、子供がものごころがついてから、毎日お世話になるものだ。
机竜之介、竜之介は、芥川からいただいく、すんなりとしたいい名前だ。
こんな具合に主人公の名前ができあがる。
机竜之介みたいな、すんなりとした、何かいい名前はないものだろうか…、
机、畳、硯、砥石、枕、ふすま、タンス、柱、瓦、茶碗…、
シバレンさんは、考えにかんがえ抜いた。
だが、ちっともいいアイデアが浮かんで来ない。
とうとう疲れ果て、もうあきらめて、眠ろうと思った。
瞬間!電撃のように「眠」という文字が脳裏に浮かんだ!
眠り!こいつはいい。誰もが毎日無意識のうちに営んでいる生活そのものだ。
下の名は? 狂気、狂一郎、狂次郎、狂三郎、狂四郎。
キョウシロー、語感も鋭角的でエキセントリックで、申し分ない!
こうして、眠狂四郎が誕生した。
ただ、眠狂四郎ほどのヒット名は、ついに出ることはなかったな。
秘剣揚羽蝶の源氏九郎、美男城の御堂主馬之介、ほかにも眉殿喬之介など、
いろいろ登場人物は作られたが、ついに、
眠狂四郎を超えるものは、出て来ませんですた。

31 :吾輩は名無しである:05/02/19 20:56:23
シバレンさんが逝って、今年でもう27年になるという。
さっき年譜を見ておどろいた。
ついこのあいだ、「ホンモノは誰だ」をやっていた筈なのに…、
司会者の土居まさるに「この野郎!」って怒鳴っていたのが、
昨日のテレビを見ているように、はっきりと今でも頭に残っている。
シバレンさんが眠狂四郎で一世を風靡したのは、昭和30年代。
考えて見るとずいぶん遠い昔の話だ。
シバレンさん、いま生きていれば、今年88!
あとやがて30年もすれば、シバレンのことなど、
誰一人思い出す人も居なくなり、むかし大勢いたであろう、
江戸の戯作作家のその他大勢のように、
モノ好きな数人の研究者しか、その名を知らぬ、そんな存在となり、
遥か遠くの宇宙の彼方へと、消えてゆくことだろう。
(この数回、ちょっとスランプ気味。さて、フォレストガンプでも観るか)。

32 :吾輩は名無しである:05/02/20 21:36:44
本人が言うには、シバレンさんは二回幽霊と遭遇している。
一回目は、昭和四十年のはじめの頃、週刊新潮で当時、
眠狂四郎を担当していた編集者、麻生吉郎氏と、講演旅行で、
いっしょに、高野山麓の旅館に泊まった時のことだった。
地元では最高の宿で、部屋も最上等の間に案内された。
夜もふけ、シバレンさんが眠りにつくと、まもなく、
何者かが首をしめる幻覚に襲われた。気のせいかと思い、
またうとうと眠りに落ちようとすると、今度もまた何者かが首をしめる。
とうとう気持が悪くなり、隣室に休んでいた麻生氏に無理をいって、
部屋を代ってもらった。しばらくすると、麻生氏の凄まじい悲鳴!
慌てて飛び起き、部屋に駆け込むと、麻生氏は荒い息で、怪訝そうに
あたりを見回している。状況は、まったく同じだった。
実は、十三年も寝たきりだった宿の主人が、先ごろその部屋で亡くなっていた。
そのような、生々しい実体験を経て、シバレンさんは、
幽霊の肯定論者となったわけである。

33 :吾輩は名無しである:05/02/21 19:59:41
前回登場した週刊新潮の編集者、麻生吉郎さんは、46歳の若さで亡くなった。
ガンだった。シバレンさんに、眠狂四郎を二十年以上も書かせた人だった。
まだ、大學を出たての頃、シバレンさんの担当となり、以来、
二人三脚でいっしょに生きてきた人だった。
麻生さんが亡くなる時、シバレンさんもその場で最期を見届けた。
ひどい苦しみようだったと、どこかに書いていた。
シバレンさんの落胆は凄まじく、死の願望に自らも何度か駆られるほどだった。
丸々一ヶ月、一人ぽっちで、ヨーロッパの旅に出たのは、
そのすぐあとのことだった。
ただ、連載をずいぶん抱えていたから、それをすませなくてはいけない。
ホテルに缶詰め状態で、本人が言うには、
「二週間で書きもかいたり、1200枚!」
そうして、シバレンさんは、アンカレッジ経由コペンハーゲン行きの
フルトハンザに乗り込んだ。
シバレンさんが、二回目に幽霊に遭遇したのは、そのときの出来事だ。

34 :吾輩は名無しである:05/02/22 21:42:44
コパンハーゲンから約40キロ、ハムレットの舞台となった、
クロンボルグ城に着いたシバレンさんは、入口で案内を待っていた。
入場者は、真っ赤なセーターのアメリカ青年、
黒いコートを羽織った金髪女性、そしてシバレンさんのたった3人。
時間が来て、案内人の先導で、3人は城内に入って行った。
順番に城内をめぐり、やがて、地下牢にたどりついた。
窓とも呼べないほどの小さな穴が壁に穿たれた、暗黒の地下牢。
囚われた者たちは、どれほど、自由を焦がれ続けたことであろうか…、
案内人によれば、ナントカ男爵は、そこで17年も生き続けたという。
その瞬間!どういう訳か、地下の電灯が、すべて消えた。
「ヒュー!」ヤンキー青年の口笛。
しばらく様子を見ていると、突然、そのヤンキー青年が、ギュッと
シバレンさんの手を握った。ぶるぶる震えている!
「what happen?」
「look german girl」
ゆっくりと首を回した瞬間!!
落雷に遭った如く、凄まじい衝撃がシバレンさんを貫いた!
そこには、黒いコートのガイコツが立っていた…、

夢うつつに見た一回目の幽霊と異なり、異国の城の地下牢とはいえ、
昼ひなかに直接、真近に幽霊を見てしまったシバレンさん。
そのあとは、虚脱状態からなかなか抜け出せず、
カジノにも身が入らず、せっかくの休暇を、ほとんど呆けて過してしまった。

35 :吾輩は名無しである:05/02/23 20:03:06
シバレンさんと言えば、あの、苦虫を噛み潰したような、無愛想な顔だ。
ところが、実像は、どうもかなり違うらしい。
あれは、商売上の顔であり、実態は、えらく明るい、からっとした人だった。
そんな気がする。
本人がどこかに書いたり、周囲が書き残した断片を、拾い集めてみると、
そんなシバレンさんの姿が、浮かびあがってくる。
シバレンさんには、意外な交遊関係があった。
俳優の芦田伸介、これまた役柄上、笑顔ひとつ見せないが、
実体は、うるさいくらいによく喋り、よく笑う、喧しい人間だったそうだ。
年中、マージャンをやったりの、大の仲良しだった。
写真家の秋山庄太郎さんとは、家族ぐるみの付き合いだ。
「庄ちゃん、庄ちゃん」
シバレンさんは、そんなふうに秋山庄太郎さんを呼んでいた。
あの、シバレンが、である。チャン付けで人を呼んでいるのだ。
今東光大僧正とは、野良犬の会の仲間で、仲良しだが、その大僧正は、
水上勉が、大嫌いだった。小僧の頃、寺を逃げ出したという一事をもって、
やること書く事を全否定するほど、嫌いだった。
ところが、シバレンさんは、水上勉とは、非常な仲良しであり、
いつも連絡を取り合っては、お互いを気遣いあっていた。
まだ、確かめてはいないが、シバレンさんと、それら仲良したちとは、
極めて相性のいい星の位置関係にあったのだと思う。
シバレンさんが占星術に惹かれたのも、そんな実体験に基づいている。
多分、間違ってはいまい。

36 :とおりすがりの町人:05/02/23 23:56:25
昔、柴錬がテレビで円月殺法を実演したのをみた。
なんか隙だらけのような気がしたが(あれが極意か)
シバレン語り邪魔してすまん

37 :吾輩は名無しである:05/02/24 21:36:40
シバレンさんは、ああいう人だったから、好悪の情も激しかった。
文壇と呼ばれる同業者の世界でも、好き嫌いがハッキリしていた。
シバレンさんは、小説とは、虚構であり、物語であり、
エンターテイメントであると、確信していた。
映画やお芝居、演劇などと同一のジャンルであり、
高尚ぶった芸術などではく、娯楽のひとつだと位置づけていた。
シバレンさんが、この業界で、最も憎悪したのは、
志賀直哉、有島武郎、武者小路実篤…、
すなわち、白樺派と呼ばれる一味とその系譜だった。
文学の世界に、とてつもない「害毒」を垂れ流した連中。
晩年に至るまで、シバレンさんは、彼等をそう評していた。
彼等は、偽善という仮面を被り、厚かましく、人生や友情を語り、
恰も、水戸黄門の助さん格さんの如く、完璧な人格者で、
性欲も涌かず、オナニーなど、これまでいっぺんもやったことがない、
そういう、偽善のバケモノだった。
権力を嵩にし、奥の間で、ぬくぬくと肥え太った大名旗本の奥方。
夢想正宗は、その都度、容赦なく、着物や長襦袢、腰巻を引き裂く。
一糸纏わぬ姿で、必死で陰部を隠そうとする奥方…、
狂四郎は、更に容赦なく、震える両脛(ハギ)を引っ掴むや
一気に左右へ引き裂く!
茂みのしたの秘部からは、腐臭を放ちながら、陰猥極まる本性が、
じくじくと流れ出していた。
狂四郎は、ひとことつぶやいた。
「醜い」

38 :吾輩は名無しである:05/02/25 21:13:04
テンツク、テンテンツクツク、テンツク、テンテンツクツク…、
団扇太鼓を叩きながら、日蓮宗の修行者の一団が、向うからやってくる。
テンツク、テンテンツクツクツ…、
やがて、すれ違って、通り過ぎようとした、その刹那!
修行者たちが、狂四郎に襲いかかる!
このシーンは、その後も、刺客が主人公を襲うシーンとして、
さまざまな時代劇にも登場する。
これは、シバレンさんのアイデアだった。
「あなたの作品が、ずいぶん盗用されていますよ。」
そう、忠告してくれた人もいたそうだ。
それを聞いても、シバレンさんは、特に、どうするわけでもなく、
打ち捨てておいた。
いまほど、著作権云々の意識が濃くなかったせいもあろうが、
シバレンさんには、そんなことは、どうでも良かったのだ。
シバレンさんは、金持ちになりたいと思ったこともないし、
蓄財に精を出したこともない。
高輪の家、軽井沢の小さな別荘、わずかな預貯金…、
あれだけのブームを作りながら、シバレンさんは、せいぜい、
その程度のものしか持っていなかった。
シバレンさんは、うたたかの「今」というものを、ちゃんと知っていた。
ロマンチストなのだ。

39 :吾輩は名無しである:05/02/26 21:16:05
シバレンさんの写真を眺めていると、
鼻が軟骨部分から左側にひん曲がり、顔が大きく左に歪んでいる。
戦時中に受けた、リンチのせいだろう。そう思う。
先にも書いたが、シバレンさんは、士官候補生の昇進試験の受験を断わり、
その時、下士官、古年兵から、半殺しの目に遭わされている。
前歯をすべて折られ、右目も半年以上、視力を失うほどのリンチだった。
ほとんどの兵士にとって、戦争の実態とは、敵との華々しい交戦などではなく、
あたかも、ヤクザ、チンピラどもが、暴力で支配する、内務班という、
暗黒世界で過す地獄の日々をいうのだと思う。
シバレンさんは、それらを、直接、身をもって体験した。
だから、戦後、例えば、野坂昭如だの三島由紀夫だのが、
戦争体験を語ったり、戦争ごっこをやっているのを見て、
「いっぺん内務班でぶん殴られてみろ!」
いつも、そう吐き捨てていた。
シバレンさんにとっては、戦争は、ただただ、忌まわしい
出来事ばかりだったのだろう。

40 :吾輩は名無しである:05/02/27 20:52:24
シバレンさんは、たいへんな数の作品を残したが、
女性が主人公の作品は、一篇もない。
シバレンさんは、実は、女が、書けなかった。
正確には、書けなくなってしまったのである。
シバレンさんの、師匠は、佐藤春夫である。
ある未亡人がいた。夫は、三田文学の同人であり、先の大戦で亡くなった。
シバレンさんと佐藤春夫氏とは、共通の知り合いである。
そういう縁もあったのか、戦後、その未亡人とシバレンが、
いい仲になってしまった。
佐藤春夫氏は、かねてから、女性の異常性に気づき、彼女をモデルに、
小説を描きたいと考えていた。幸い、弟子のシバレンが、彼女と深い仲になった。
それからの、師匠、佐藤春夫の糾問は凄まじかった。
あの日あの時あの場所で、二人がどのような会話を交わしたのか、
どのようなやりとりをしたのか、どのような、関係を持ったのか…、
ありとあらゆる状況や心理状態を、徹底的にシバレンに問いつめた。
その追求は、3ヶ月の長きに及んだと云う。
ついには、シバレンさんの首に縄をつけ、東京大学法医学教室の権威、
古畑種元教授のもとに引きたてていった。
シバレンさんの目の前には、女性の、ありとあらゆる「性器」の写真が
並べらていた。
「さあ!お前の見た、彼女の性器は、この中のどれだったんだ!」
無数の性器を眺めること、数時間。
ついに、シバレンは、その中から、ひとつの写真を選び出した。
それは、極めて特殊な、異形の性器であった。
その特殊な性器の持ち主は、性格異常の可能性が極めて高い。
医学的に認められた結論だった。
師匠の佐藤春夫とは、たった一篇の小説を書くために、
それほどまでの徹底的な取材と検証を行なった人だった。
シバレンさんは、とても、自分の手におえる世界ではないと悟った。
シバレンさんの小説に、一人として女性の主人公が登場しない理由である。
女とは、実に、恐ろしいバケモノである。

41 :吾輩は名無しである:05/02/27 21:33:28
いかん、画蛇添足であった。

42 :吾輩は名無しである:05/02/28 21:26:56
シバレンさんは、原稿の締め切りを破ったことが、一度もなかった。
きちんと、必ず、締め切りの日に、原稿を渡した。
編集者の経験もあったシバレンさんには、編集者の苦労が
痛いほどわかったのだろうか、それとも、約定をたがえることは、
文士たるもの、メンツにかけても、断じてできない。そんな見栄だったのか。
その様子は、何人かの目撃談として残っている。
吉行淳之介さんとは、マージャン仲間で、よくいっしょに遊んでいた。
ときどき、一時間ほど、シバレンさんが中座することがあったそうだ。
実は、その一時間で、シバレンさんは、週刊誌一回分の原稿を仕上げていた。
誰だったか、別の人も目撃している。
遠くから、徐々に、オートバイの音が近づいて来た。
「いかん、あの締め切りは、今日だったのか!」
シバレンさんは、慌てて中座した。
小一時間ほどすると、何事も無かったようにまた席に戻り、ゲームを続けた。
またも、その間に、原稿を書き上げてしまったらしい。
特に悩むふうもなく、悠然とゲームやマージャンに興じるシバレンさん。
やがて、とうとう、これ以上あとがない、最後の土壇場がやってくる。
どんな、極意があったのだろうか。
極限まで、追い詰められた、その瞬間!
無念無想、
ちゃんと、一回分の原稿ができあがっていた。

43 :吾輩は名無しである:05/03/01 20:37:47
あるとき、シバレンさんの高輪の家を、突然、訪れたものがいた。
家人が、一応、応接間へ通し、しばらくして、シバレンさんが会った。
その男は、あきらかに、その筋のものと思われる態の人間だった。
話を聞いているうちに、男は、激昂し、居丈高に、脅迫めいた言葉を発した。
なにか、シバレンさんの書いた物語の、モデルと関係があり、
それが、気に入らぬだのなんだの、なんたらかんたら…、
つまり、チンピラが、羽振りの良さそうな、流行作家に、
インネンをつけ、あわよくば、カネでもせしめよう、
そんな魂胆だったと思われる。
シバレンさんは、じっと、その男の顔を眺めていた。
男は、いよいよ激昂し、懐からドスまで取り出し、テーブルに、突き立てた。
しばらくして、退屈したのか、シバレンさんは「ニヤリ」と笑った。
「なっ、なにがおかしいんだ!この野郎!」
「恐怖心が、ちっとも涌いてこないからだ」
シバレンさんは、そう吐き捨てた。
そのあとのことは、知らない。
恐らく、チンピラは、尻尾を巻いて退散したのだろう。
繰り返すようだが、シバレンさんは、すでに、何度も死んでいる。
いま、生きて、そうして、座興に、物語を紡いでいるのは、
うたかたの、ヒマつぶしのようなものである。
そんなシバレンさんに、いったい、どんな恫喝が有効だというのか!
ばかばかしい!

44 :吾輩は名無しである:05/03/02 21:56:04
いわゆる「ニューファミリー」という言葉が流行った時期があった。
休日ともなると、ダンナが、女房子供といっしょに、
遊園地だの買物に、仲良く出かけ、一生懸命、家族サーヴィスをし、
幸せ一杯の家族生活を味わう…、
「反吐が出そうだ」(シバレンさんの言葉である)。
ダンナに食わせてもらっていながら、なにをほざきやがる!
戦時中、あれほど、鬼畜米英でやっていたのが、
戦後、たちまちGIの腕にぶらさがり、チューインガムを噛みながら、
媚びを売り、春をひさいだのも、女どもである。
シバレンさんが、小説で、女をすべて「毒婦」とし、
無気味なバケモノとして描いた理由である。
ところが、そんなシバレンさんにも、ほのぼのとした家族の光景がある。
直木賞を取ったあとも、さっぱり注文が来ず、
相変わらずの日々を送っていた頃、
奥さんが体調をくずして入院したことがあった。
小学生の娘さんとシバレンさんが、ポツリと家に残された。
シバレンさんは、毎日、娘さんのために、お弁当を作り、学校まで送って行った。
そのあと、図書館に行き、勉強をしたそうだ。
シバレンさんが、作ったお弁当…、
いったい、どんな、おかずを入れたのだろうか。
ほのぼのとした、情景である。

45 :吾輩は名無しである:05/03/03 20:07:01
出版社への入社が、今日のように、一流大學を出て、
難しい入社試験にパスし、何度も面接を経て、ようやく叶う、
いったい、いつごろから、そんなことになってしまったのか。
編集者と作家とは、実は、コーチと選手のような間柄である。
臨機応変、全方位的に敏感なアンテナを持ったコーチ(編集者)。
そして、特異な才能を持った、書き手(作家)。
優秀な編集者がいてこそ、作家は、その才能を開花させることができる。
東大を出て、一流出版社に入社した青年が、シバレンさんの担当になった。
その青年は、連載の期間中、実に、二年もの間、一度も、
シバレンさんの家に上がったこともなければ、言葉を交わしたこともなかった。
毎週、家に原稿を取りに来るだけだったそうだ。
また、もう一人の東大出身の編集者は、シバレンさんから、原稿を受け取ると、
中味も読まずに、印刷に回すだけの作業しかしなかった。
簡単な校正ミスが、発覚し、全然、原稿を読んでいないことが、バレた。
以降、シバレンさんは、三流大学を出た編集者、もしくは、同等の、
しょうもない「人間」編集者しか、自分を担当させなかった。
集英社の「シマジ」。
彼こそは、まさに、その、うってつけの編集者だった。
この「シマジ」が、どれだけ、晩年のシバレンさんに、
花を咲かせたことか。
その「シマジ」も、いまではもう、ずいぶん、えらくなってしまったらしい。

46 :吾輩は名無しである:05/03/04 21:40:16
シバレンさんと言えば、あの長髪のオールバックが印象的だ。
シバレンさんは、床屋にはいかない。
実は、自分でハサミを持ち出しては、ちょきちょき、切っていた。
オシャレ好きで切っていたのではなく、
やることがないから、ヒマつぶしに切っていたのだ。
原稿を書いているときに、どうにも、行き詰ったり、退屈したりすると、
鏡台を持ち出してきては、机の上に置いて、ちょきちょき、やりはじめる。
そのうちに、構想がまとまり、再びペンを握る。
「作家をやめたら、もうこの髪も必要ないから、丸坊主でもいいんだ」
シバレンさんは、そんなことを言っていた。
あの長髪は、実は、シバレンさんの気分転換のための、
小道具であったのだ。

47 :吾輩は名無しである:05/03/05 20:41:32
さて、今日は、シバレンさんの何をタワゴトしようか。
ワイン?お墓?バクチ?ゴルフ?むかし話?
シバレンさんが活躍した昭和三十年代の後半から四十年代は、
明治生まれの「文豪」が、なお健在で、ピンピン生きて活躍していた。
シバレンさんは、大正っ子だ。
明治生まれの碩学といったら、それはもう、
お話にならないほどで、和漢洋のありとあらゆる文学に通暁した、
とんでもないバケモノ、ばっかだった。
そんな連中が、いまなお健筆を振るっている。
眠狂四郎で、闘ってゆこうというのだから、相当な覚悟が要った。
初期の頃の、眠狂四郎を読み返してみると、そんな、シバレンさんの、
背伸びの様子が、見て取れる。
川端康成さん…、
師匠の佐藤春夫さんの親友でもあった。
この、川端さんは、小説の中で、ふつうの人が読んで、理解できない言葉は、
一切!使わなかった。
「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった…」
「ながい、つずら折りの坂を登ると…」
使えないのではなく、使わなかった。
使わないのと、使えないのとは、月とスッポンほどのちがいがある。
その、川端康成さんが、佐藤春夫さんの葬儀で読んだ弔辞。
そこには、二人が同世代に生き、文学にかかわり共有した、
学識、経験が、精巧な綾織の如く、みごとにちりばめられていた。
そばで、聞いていたシバレンさんも、ほとんど、理解できなかった。
「ちんぷんかんぷんだった」
シバレンさんは、ちゃんと、そう、認めている。
知らないものは、知らない!
先輩諸兄の恐るべき学識の深さに圧倒され、謙虚に己の至らぬを認める。
だから、ぼくは、シバレンさんが、好きなのだ。

48 :吾輩は名無しである:05/03/06 21:45:18
小石川の伝通院というと、
幕末の頃、一人の坊さんが、コレラを背負ってきて、
それが、江戸中に感染、あっちもこっちも、死人だらけで、
大変な騒ぎになってしまった。
コレラという病名が、あんまり人が死ぬもので、
とうとう、コロリになってしまった。
伝通院から、さほど遠くない、天然理心流近藤道場にも、もろに影響が出た。
何しろ、もともと貧乏道場で、門人もいくらもいないのに、
今般のコレラ騒ぎ。とうとう、道場に誰も通って来なくなってしまった。
浪士組への参加は、そんな事情もあった。
ところで、この伝通院。
シバレンさんは、ここに眠っている。
墓石は、ちょっと変っていて、正方形のひらたい石、
その上に、少し小さい石、その上に、もっと小さい石…、
そんな具合に、最後の石まで、八段重ねになっている。
「齋藤家之墓」
それが、六段目からニ段目まで、一文字ずつ彫られている。
左側には、大きな御影石の球。
何でも、この墓は、横尾忠則さんがデザインしたものだそうな。
師匠の、佐藤春夫さんの墓もここにある。
でも、横尾忠則さんが、チャネリングをして、
シバレンさんと、交信したが、
本人は、ここには、いないと云っていたそうだ。
いまも、高輪プリンスホテルにいるようだ。
そのプリンスホテルが取り壊されたならば、
今度は、どこにゆくのだろうか。

49 :吾輩は名無しである:05/03/07 20:16:30
先日、横尾忠則さんが、熊本かどこかで、展覧会を開いている、
そんな、ニュースが出た。
名前のあとの括弧を見て、ギョッ!とした。
(68)
還暦過ぎて、さらに進んで、年齢的には、すでに立派な老人である。
シバレンさんが逝って、今年で27年、
68−27=41
まあ、当時は、そのくらいの年齢だったのだろう。
30年近くも離れているのに、シバレンさんの、エッセイには、
少しも、昔の臭いがしない。
つい昨日、話を聞いたような感覚だ。
(ちょっと休憩)

50 :吾輩は名無しである:05/03/08 21:38:39
出鱈目話を、たんに勢いだけで書き散らした作品。
一方で、学校での専門も手伝って、精魂を込めて描いた作品。
前者が、100万部もばか売れし、
後者は、初版の1万5000部だけ、増刷は、なし。
これまでの経験や知識や、トリックや仕掛けを優に凌ぐ、
絶対に、大ヒット間違いない!
この意気込みで書いたものが、まったく売れない。
ひどい、ショックだった。
シバレンさんは、そう語っている。
「(シバレン)三国志、英雄ここにあり」
お情けか同情か、一応、吉川英治文学賞も、あとでもらった。
そんな話を聞くと、司馬遼太郎さんの「項羽と劉邦」が、思い浮かぶ。
これもまた、司馬遼作品には珍しく、
ほとんど、評価されず、売れない作品だった。
夢を描いて雄飛するのは、勇ましい。
が、案外、それは、老化現象のはじまりかも知れない。
それを、なかなか、周囲は、本人に、言いにくい。
でも、ちゃんと、それを悟ったのは、大したものだ。
以降、二人とも、後編や、それに類するものを、一切、書いていない。
全然、ボケていない証拠である。

51 :吾輩は名無しである:05/03/09 20:36:05
シバレンさんは、両親とはほとんど縁が薄かった。
父親は、3才の時に亡くなっている。
母親も、家事等で忙しく、ほとんど、かかわりをもつ時間がなかった。
そういう、家庭状態で、シバレンさんは大きくなった。
母親は、シバレンさんが、慶應に入ったことも、ずいぶんあとまで、
知らなかったそうだ。専攻が何だったのかも無論、知らない。
小説を書いていたことも知らない。
直木賞を取る数年前に逝ってしまったので、
シバレンさんが、やがて、大衆作家となったことも知らない。
シバレンさんの、書く物語に、常にいいようのない孤独感、
家族や兄弟などの、肉親のぬくもりが、一切、感じられないのは、
きっと、そんな事情もあるのだろう。
孤独だねえ。

52 :吾輩は名無しである:05/03/10 21:28:11
シバレンさんが、必ず見る悪夢があった。
いつも決まって見る夢であり、絶望のどん底に陥って、そして、目が覚める。
それは、昭和十九年の夏、またも赤紙が届いたときの夢だった。
シバレンさんは、それまで、二度、召集を受けていた。
そして、二度とも、仮病や策略で、召集の解除を受け、命拾いしていた。
昭和十五年の徴兵検査の時は、一ヶ月間絶食し、検査当日は、
ほとんど、立っているのもやっとの状態で、召集は免れた。
昭和十七年の召集令状。このときは、一応、相模原の重砲隊に所属し、
三ヶ月ほど初年兵教育を受けた。やがて、衛生兵となり、配属先も決まったが、
そこで、シバレンさんは、大量に醤油を飲み、直後に、過激な運動をする、
この方法で、まんまと病院にもぐり込んだ。
担当の軍医は、シバレンさんのウソを見破りながらも、除隊の手続きを
取ってくれた。シバレンさんと同じ、慶應の出身だったそうだ。
そして、いよいよ、昭和十九年夏の赤紙。
その頃はもう、戦局は、極度に悪化し、敗戦の色が濃厚だった。
赤紙は、すなわち、死の宣告書に等しかった。
「とうとう来やがった!」
そのときの絶望感!
輸送船が撃沈され、一人波間に漂った夢は、一回も見ないで、
赤紙が届いた夢ばかり、晩年に至るまで、繰り返し、
何度もなんども見させられた。
慌ただしい大勢の靴音が部屋の前で停まり、
ガーンと扉が開いたときの、死刑囚の気持。
それとおんなじだったのだろう。

53 :吾輩は名無しである:05/03/12 22:29:24
小林秀雄さんと言えば、文芸批評の伝説的存在だが、
シバレンさんにかかると、ただの変人と化してしまう。
少なからず、交流もあったようだ。
「小林秀雄は、典型的な大工面ですよ」
シバレンさんは、平気でそんなことを言っていた。
小林さんは、鎌倉に住んでいた。
仕事で東京に出てくるのだが、どういうわけか、必ず、電車の中に、
帽子を忘れてしまう。
どうして、帽子を失くしてしまうのか、まったく本人にもわからない。
ある時、小林さんは、いい方法を思いついた。
電車に乗っている間じゅう、一瞬たりとも、帽子から目を離さない、
これならば、ぜったいに、帽子は失くさないはずだ。
次に電車に乗った時、小林さんは、帽子を、向かいの網棚の上にのせた。
そして、腕を組みながら、じっと帽子を睨み続けた。
いくつもの駅を過ぎ、いよいよ、電車は終点に近づいた。
「やれやれ」
やがて、電車は無事に、終点に到着し、ドアが開いた。
網棚の下に坐っていた紳士は、帽子に見向きもせず、降りようとしていた。
「あっ!キミ!帽子!」
小林さんは、とっさに、その男性に注意をうながした。
「あっ!どうもすみません」
男は、小林さんに礼を言うと、帽子を取って、足早に去っていった。

小林さんは、それ以来、二度と帽子を被らなかったそうだ。

54 :吾輩は名無しである:05/03/13 21:25:12
シバレン、シバレン、
みんな、そう、シバレンさんを呼ぶ。
シバレンさん自身も、そう呼ばれて、あの無愛想な顔をほころばせていた。
「先生、先生」
一冊も作品を読んだことがないのが、自分を「先生」と呼ぶ。
そういうときは、シバレンさんは、ブスッとして、ほとんど口もきかなかった。
ところで、ちゃんと作品も読み、心から敬愛して、シバレンさんを、
「柴田先生」と呼んでいた人がいる。
ふざけて呼んでいたのではなく、心から敬服して「先生」と呼んでいた。
それが、あの、司馬遼太郎さんだ。
人生の先輩として、モノ書きの先輩として、
司馬遼さんは、シバレンさんを「柴田先生」と、呼んだ。
シバレンさんの「底力」がよく伺い知れる話ではないか。

55 :吾輩は名無しである:05/03/14 21:27:39
シバレンさんは、夏になると、軽井沢に引っ越して、そこで暮した。
その頃は、金回りもよく、専属のコックさんを引き連れていたそうだ。
安岡章太郎さんは、三田文学で、幹部であるシバレンさんを、
ずっと、下の方から眺めており、ずいぶん憧れの存在だったようだ。
その安岡さんが、どこかの出版社の依頼をうけ、
一夏、そこの軽井沢の寮を借りて、執筆することになった。
やがて、シバレンさんが近くに居ることを思い出し、
挨拶でもするつもで、のこのこ、訪ねて行った。
ずいぶんと歓待され、居心地がとても良かったらしい。
翌日もまた、出かけていった。
ふつう、そのへんで、遠慮みたいなものを感じて来るのだが、
安岡章太郎という人は、本当に、変った人で、
それからずっと、毎日通いつめ、やがて、それも面倒になると、
とうとう、そこに住み着いてしまった。
無論、朝、昼、晩の食事をご馳走になり、酒もいくらでもふるまわれた。
シバレンさんは、その間、イヤな顔ひとつしなかったそうだ。
自分でも仕事があるのだろうに、いつも、にこやかで、
夜は、安岡さんが酔いつぶれる十時過ぎまで、一緒に談笑した。
シバレンさんの、底知れぬ優しさと、凄さが伝わってくる挿話である。
結局、安岡さんは、全然仕事ができぬまま、帰京するはめになった。
一方、シバレンさんは、いったい、いつ、その作業を行なったのか、
きちんと連載も続け、新たな仕事もこなしていた。

56 :吾輩は名無しである:05/03/16 20:33:54
なんか、この数日、ネタはあるけど、気分が乗らないので、
ちょっと、お休みします。

57 :吾輩は名無しである:05/03/16 21:37:16
四谷怪談の「お岩さん」について、
シバレンさんも、短編を書いた。
大筋は、だいたい従来の物語と同じだったのだが、
そこは、シバレンさん一流のアイデアで、お岩さんが、
そのお面相とは裏腹に、稀代の肉体を持った、
一夜たりとも、男なくしては、いられぬ先天的な淫婦と描いた。
そこそこの作品ができあがった。
ところが、
シバレンさんの右目に異変が起きた。
どうも、目がにじんで、字がよく見えず、涙が溢れ出てくる。
「まさか」と思い、打ち捨てていたものの、
症状は、ますます、重くなるばかり。
別に、シバレンさんは、そんなに、神仏祟りに対して、
意地を張っている人ではない。早速、車を飛ばして、お岩稲荷へ赴き、
「どうもすいません」
そう、謝ったのかどうか、とにかく、そのあとは、右目の脹れも引いて、
元に戻ったそうだ。
三百年の時を経ても、そうして、祟ってみせる、お岩さん。
今ごろ、冥土で、遥か遠くに見える下界を見下ろし、
うちとけて、おにぎりでも、いっしょに食べているのだろうか。

58 :吾輩は名無しである:05/03/17 21:42:49
シバレンさんが、今東光大僧正のあとを継いで、
プレィボーイ誌で「円月説法」を担当したが、
ハッキリ言うと、今大僧正ほどの、深みのある説法は叶わなかった。
人に何か説教するようなことなど気恥ずかしい、
そんな気持もあったのだろう。
ある相談で、何もかも、カネカネカネの世の中がイヤになる!
一人の青年から、そんなハガキが寄せられたことがあった。
シバレンさんの答えは、意外にも、
「お金というのは、それはそれは大事なものですよ」
そういうものだった。「地獄の沙汰もなんとやらと言うだろ?」
シバレンさん自身は、カネに執着はなかったが、
お金のありがたさは、充分にわかっていた。
「お金を使って、勉強なりなんなり、自分自身に投資することだね、
やがてそれが、自分に戻って来る。お金というのは、そういうものだよ」
夜な夜な、銭を数えては喜ぶ、守銭奴、獅子文六。
お金を自分自身の勉強に投資する。なるほどなあ。
そんな、さりげない言葉が、いまも胸に残っている。

59 :吾輩は名無しである:05/03/18 20:48:21
「シマジ」は、ちゃんと、飲み屋のつけを、払ったのだろうか?
人一倍、図体ばっかデカくて、それでも、
底抜けに純粋で、子供がそのまんま大きくなったような、
海綿体みたいに、打たれ強く、復元力のある、そんな、
憎めない奴。

60 :吾輩は名無しである:05/03/20 20:17:56
シバレンさんは、パチンコからマージャンまで、
ありとあらゆるバクチをやった。
自分では、文壇ギャンブル番付の、NO.1だと、豪語していた。
黒岩重五の連載料(多分、500〜600万)を、
丸ごと巻き上げてやったこともあった。そんなことも言っていた。
一晩で最高に儲けたのは、ヨーロッパかのカジノで、日本円で500万ほど。
ところがが、翌日まるまる全部負けて、また、ゼロに戻った。
ブラック・ジャックが、一番の好きだったらしい。
そばで観ていた人によると、次に出てくるカードに対する確率が、
抜群に冴えていたそうだ。
ルーレットについても、シバレンさんは、こんなことを言っていた。
「本当にやるなら、赤か黒、これしかないね」
すなわち、確率五分五分の、長半バクチ。
確率が50%であるならば、どちらか一方に賭け続けていれば、
結果としては、勝ちもしないが負けもしない。本来は、そうであるべきだ。
ところが、実際は、長ばかり、連続して10回も出続けることもある。
シバレンさんは、国語は得意だが、算数は、まったく、ダメだったそうだ。
だから、算数や計算の出来不出来と、バクチの強弱とは、関連はなさそうだ。
「霊感」「直感」「予感」
そういうものが、人並みすぐれて、鋭かった。
そういうことなんだろう。

61 :吾輩は名無しである:2005/03/22(火) 20:09:10
ウソだろう?
シバレンさんは、戦時中、衛生兵だった。
学校は文学だが、その前に、少しだけ、医学部の予科に通ったことがあった。
無論、医学とは無縁の、語学だの一般教養科目をやっていただけだ。
ところが、軍隊というところは、履歴に「医」の1文字でもあれば、
それだけで、もうその方面に振り分けてしまった。ムチャクチャな世界だ。
ところで、シバレンさんは、実は、手術もやってしまっている。
輸送船の上で、突然、古参の軍曹が、腹の痛みを訴え出した。
七転八倒の凄まじい苦しみよう。その、軍曹が、息もたえだえに、
シバレン衛生兵に、手術を命じた。
「自分は衛生兵であり、そのようなことは、できません!」
「いいから、オレの言う通りに、やれ!」
結局、シバレンさんは、モルヒネで、軍曹をぐったりさせると、
教わった通りに、腹を切開してしまった。
腹の中を、ゴチャゴチャいじっているうちに、やがて、
盲腸とおぼしき一物が見つかった。多分、間違いあるまい。
南無三!グッと掴むや、一気に、スパッ!とちょん切るや、
あとは、適当に縫合して、元通りに、閉じてしまった。

軍曹は、戦後もちゃんと生きていて、長生きしたそうだ。
一見、どんなに、適当に、いい加減に見えても、
やるべきときには、やるべき事を行なう。
シバレンさんの面目が、躍如とする話である。

62 :吾輩は名無しである:2005/03/23(水) 21:31:25
円月説法に出てくる相談事の話だ。
初婚のサラリーマンが、今で言う、バツ一の女性と結婚した。
ある日曜日、都内を、二人で、ぶらぶら歩いているうちに、
元のダンナと、ばったり出くわしてしまった。
その元ダンナは、筋骨隆々で、腕っ節も太ぶとしく、
いかにも、性欲絶倫みたいな男だった!
相談ごとというのは、そこから始まる。
サラリーマンのダンナは、その筋骨隆々のプロレスラーのようなAV男に、
自分の、か弱い女房が、毎晩、抱かれ責め苛まれて、
そして…、何度もなんども、絶頂へ導かれてゆく…、
そういう、嫉妬妄想に苛まれ、気が狂いそうになってしまった。
いったい、自分は、どうすればいいのか?
そんな相談だった。
シバレンさんの、回答は、そっけない。
「それは、お前さんが、小心者だからだ」
勝手に自分で妄想して、SMまがいの、情景を想像し、
くんずほぐれつ、これでもか、これでもかと、責め苛む、
そんな情景を、勝手に思い描いて、嫉妬しているだけの話だ。
「女なんてね、別れた男のことなんて、これっぽっちも、憶えてないよ」
だいいち、人間の体なんて、1年もすれば、新陳代謝で、
全部の細胞も入れ代わっちゃうものだ。
宇宙や空間の悠久を想い、ヒトのいとなみなど、屁のつっぱりほどにも
思っていない、そんな、シバレンさんの、言葉だ。
「家に帰って、女房をしっかり抱いてやれ!」
いま!を、生きている人には、わかるんだろうけどねえ。

63 :吾輩は名無しである:2005/03/26(土) 22:04:46
「善を積むの家は余慶あり、不善を積むの家は余殃あり」
シバレンさん自身も書くように「怪談累ケ淵」は、
登場人物が、一人残らず悪人という、珍しい短編物語だ。
人の色欲、物欲、権勢欲、体面欲、依頼欲…、
全員が救いようのない絶望的なバケモノとして描かれている。
シバレンさんは、因果応報というものを、信じていたフシがある。
恐らく、自身の数々の経験と分析をもとに、みちびき出された結論であろう。
「円月説法」の回答でも、シバレンさんは、実に模範的な、
実直な生き方を、青少年に奨めている。
人の道を踏み外し、調子に乗って、浮かれていても、
やがて、破滅のときが来る。
まっとうな仕事に就き、地道に生きた方がいい。
まるで、宗教家が語るような内容ばかりだ。
シバレンさんには、因果方法の結末が、ちゃんと、見えていた。
そんな気がする。

64 :吾輩は名無しである:2005/03/28(月) 22:22:29
シバレンさんは、身長が168センチあったそうだから、
当時としては、相当、背が高かった方である。
後年は、ガリガリに痩せて、強い風でも吹けば、
飛んでしまうような塩梅だったけれども、
ガキの頃は、とんでもない悪ガキだったらしい。
小学生の頃、上級生と決闘して、相手を傷つけてしまった。
豆腐売りのおばさんが来た時は、おばさんが、商いをしているうちに、
豆腐桶の中味を、全部捨ててしまい、替りに、金魚を泳がせておいた。
はたまた、鶏を全部連れ出しては、数珠繋ぎにして、
海で泳がせ、全てを、溺死させてしまった。
村に新婦がやって来ると、後をつけて、
竹棒で、後ろから、すそをめくり上げた。
そのとき、振り返って、睨み付けた新婦の、
本性をさらけ出した、悪鬼の形相は、とうとう、晩年までの、
シバレンさんの、女性不信となった。
シバレンさんの小説の中に、強くて、圧倒的で、暖かい父親の存在が、
ひとつも、出て来ないのは…、
シバレンさんは、父親を知らない。
父親は、シバレンさんが、ものごころつく前に、死んでしまった。

65 :吾輩は名無しである:2005/03/29(火) 21:48:11
ふと気がついたのだが、
シバレンさんには、歯を見せて笑っている写真がない。
野良犬の会の宴席で、笑っている姿は写っているが、歯は出ていない。
こうなると、シバレンさんの歯は、どんなものであったのか、
非常に興味が涌いてくる。
戦時中、歯は折られてしまったので、当然、差し歯か入れ歯だ。
タバコを吸うので、白くはなかろう。
黄色くくすんだものにちがいない。
上唇は、チンパンジーのそれのように、長く垂れ下がっていた。
ヤニと食べカスのまじりあった、
それはそれは、ひどい悪臭を放つ、入れ歯だったに相違ない。
シバレンさんは、どんな、前歯だったのだろうか…、

66 :吾輩は名無しである:2005/03/31(木) 22:03:47
まだ、ペニシリンのなかったむかし、
シバレンさんは、淋病に罹ったことがあったそうだ。
当時の治療方法というのは、それはそれは、酷いものだったらしい。
割り箸大の太さの棒に、軟膏を塗って、尿道の中に、突っ込むや、
ごりごりごりごり、乱暴に抜き差しし、尿道にこびりついた、
淋菌を掻き出すのだという。
「ああっ!うわぁぁぁぁ…!」
あまりの激痛に、シバレンさんは、悲鳴をあげ、のたうち回ったそうだ。
女は食わせものだ、
それを、シバレンさんは、胆に命じたという。
性病ついでだが、壇一雄さんが、梅毒を患っていたことを、
シバレンさんは、どこかで、ポロリと書いている。
梅毒というのは、末代まで祟る、恐ろしいシロモノらしい。
なるほど…、
娘のふみさんが、独り身をずっと通しているのも、
そんなことも関係しているのか…、
ふと、そんな邪推もしてしまう。
困りましたなあ、性欲というヤシは。

67 :吾輩は名無しである:2005/04/02(土) 21:46:40
男の性欲の玩弄物として存在する「女性」は、
もう、それはそうとして、なんにもいうことなど、できないのだけども、
男が、整形手術を行うなんてことは、
シバレンさんが、一喝、蹴散らしてくれていた。
男の顔は、その人間の、履歴、経歴、すべてであり、
してきた出来事、事実、日常が、ものの見事に、顔に現われる。
くだらないことばかりしてきた男は、くだらない男の顔になる。
日常の出来事中心の、ゼニ勘定がすべての男は、そういう顔になる。
どんなに、体面や名誉職や何やらで、装っていても、
顔に全部、出ちゃう!
カネ貸しのオヤジは、金貸しの顔をし、ずるがしこい商人は、
ずるがしこい商人の顔になり、図々しい役人は、図々しい役人面になる…、
いやだねえ、本当に!
三島由紀夫は、ああやって、腹を切ったけども、
またぞろ、生き返って、また、あの「秀才面」をするのだろうか、
シバレンさんは、それを想うと、ゾッとして、首をすくめていた。
気持悪いったら、ありゃしない。

68 :吾輩は名無しである:2005/04/03(日) 20:02:01
布教という、崇高な志で、波涛万里、遥か東方の、異国の地へと
やってきた、伴天連。
その、伴天連が転び、与えられた処女を、貪り尽くし、
その結果、できちゃった息子が、眠狂四郎。
シバレンさんは、したり顔の、聖職者だの何だのを一切、信じなかった。
生命の本質は、生殖であり、エロであり、それは、まごうことない真理である。
スケベは、スケベ面で、夜這いなり不倫なり、好きなだけ、
貪り尽くすがいい。それが本質であり、真実の姿だ。
シバレンさんが、最も嫌い、唾棄したのは、
どスケベのクセして、そんなこと、おくびにも出さず、
常に、品行方正、口から出す言葉は、倫理道徳…、
そういう、不真面目、不誠実の、詐欺師野郎どもだった!
ウソばかりの物語をこしらえ、勝手に、歴史を脚色し、
面白可笑しい空想伝奇物語を作る作者が、
こころに常に灯し続けたものが、ウソのない心の探求。
ウソを言わずに、世の中生きてゆけること、
なかなか、難しいねえ。

69 :吾輩は名無しである:2005/04/04(月) 22:34:19
シバレンさんは、当時の支那文学科の出身だ。
すでに、何度も、それは、書いた。
乞食とか女性の白い歯とか、瞳とか、艶めいたしぐさとか、
そういう名詞を、中国語の単語を使って、表現したのだが…、
シバレンさんは、易きに流れなかったかな?
大衆に迎合した、エロ混じりの、刹那主義に。
シバレンさんが、もっとも怖れたのは、中島敦。
その男は、シバレンさんが、逆立ちしても、到底及ばない、
底の知れない学識や知識を、若造の頃から、完璧にそなえていた。
さらに、現代にも通じる、みずみずしい感性を有していた。
とほうもない天才!
作品が、後世に残ることも、知ることなく、この世を去ってしまった。
シバレンさんが、あの顔で、唯一、嫉妬した男、
それが、中島敦だ。

70 :吾輩は名無しである:2005/04/09(土) 20:06:15
シバレンさんの歯を、はじめて、見た。
頑丈そうな、立派な歯をしている。
前歯と左にかけての何本かは義歯だが、
それ以外は、すべて、自前の、いい歯をしている。
ヤニっこが、こびりついているのは、仕方ないとしても、
まあ、立派な骨格と体格の持ち主にはちがいない。
偶然、古書の中に挟まっていた、チラシのような二つ折りに、
シバレンさんの、哄笑する笑顔が載っていた。
ちょっと、いままで、シバレンさんについて、
誤解していたかも知れない。

71 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/04/09(土) 21:39:55
>>62
眠狂四郎は美保代がほかのおとこにおかされたておもったとき
だけなくなったんだけどなあ

>>66
たんに ふみさん デカい(デカすぎる)からじゃないの
えへえへえへ♪


72 :吾輩は名無しである:2005/04/10(日) 21:36:09
こんな、ノミのたわごとスレに、レスがついたとは…、
シバレンさんの小説を、初めて読んだのが、高校生の頃の、
新潮文庫「眠狂四郎無頼控」だが、全6巻のうち、
3巻読んで、飽きた。だから、4〜6巻は、読んでいない。
いろいろ、雑多なものを読んだが、
十円紙幣など、ごく初期の作品を読むことがなかった。
どこにも、売っていないし、読みようもなかった。
わざわざ、図書館に借りに行くほどの関心もない。
ところが、偶然、昨日、初期作品集を入手した。
500円。二束三文、迷わず買った。
シバレンさんが、22歳の時に書いたヤシ。
その他、あの、シバレンさんの、若い頃の短編小説19篇。
はてさて、どんなシバレンさんと、会えるだろうか。
楽しみである。

73 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/04/13(水) 23:36:24
眠狂四郎シリーズだけで14さつよんだよ
ようちえんの きょうようのとき 
せいきょうしょせきぶでみて
なんとなく よみたくて かったんだ
もれは さくひんしか しらない
ノミさんのはなし おもしろいや
「しょえん」だねっ


74 :吾輩は名無しである:2005/04/15(金) 20:44:52
アク禁とやらの、とばっちりを受け、ずっとカキコできずにいた。
そんなに面白がってくれるのなら、また、続けようか。

シバレンさんには、フランスかぶれの一面があった。
ワインにも、滅法、詳しかった。
どのワインが、どうで、店で飲めば、いくらするとか、
そういう薀蓄を豊富に持っていた。
お陰で、一人、犠牲者が、出てしまった。
今東光大僧正である。
プレィボーイのシマジは、シバレンさんと今和尚を担当していたので、
いつの間にか、その薀蓄を、大僧正に吹き込んでしまっていた。
ある日、大僧正から、シマジに電話がかかってきた。
「アブク銭が入りましてね。お前さんが、いつも言ってる、その、
ロマンなんとかいうワインをご馳走するから、出ておいでよ」
翌日、シマジは、ハイヤーを仕立て、永田町の和尚の事務所へ、飛んでいった。
そして、銀座の高級レストランへ直行した。ちょうど、お昼どきだった。
「その、ロマンなんとかを頼みなさい」
和尚は、ニコニコしながら、シマジに言った。
「ロマネコンティを、お願いしまつ」
シマジは、喜んで、注文した。

75 :吾輩は名無しである:2005/04/17(日) 20:42:53
ダイナマイトの信管でも外するような、
慎重かつ荘厳な雰囲気の中、ワインの栓が開けられた。
「どれどれ、その世界一とやらのワインを味見させておくれ」
今大僧正も嬉しそうだった。
ロマネコンティは、身体の毛穴のすみずみまで、酔いが回り、
陶然とする、そんな酔い心地だったそうだ。
やがて、豪華な昼食会も終わり、お勘定の時がやってきた。
今大僧正は、チラと勘定書きを見ると、紙幣を三枚取り出した。
「釣りはいらんからね」

「あのう…、先生、大変申し上げにくいのですが…、ケタをお間違え…」
「うん?」
和尚は、勘定書きに、じっと目を当てた。
やがて、和尚は、サイフから、一枚一枚、紙幣を取り出し、
それを、ゆっくりと、テーブルに重ねていった。
(それは、布施というか、功徳というか、喜捨というか、
つまり、お札に羽が生えて、一枚一枚、飛び立ってゆくような、
そんな、淡く儚く、美しい光景だったそうだ)
釣りが戻ると、和尚は、今度は、丁寧にサイフにしまった。
「先生、今日の事は、一生忘れませんからね」
シマジは、無邪気にはしゃいで、お礼を言った。
しかし、和尚の表情は、固く、返事もなにか上の空のようだった。
永田町の事務所に和尚を送り届けると、シマジは、会社に戻った。
すると、電話がかかってきた。

76 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/04/17(日) 22:00:44
ドキドキ♪

77 :吾輩は名無しである:2005/04/18(月) 21:30:47
「もしもし?」
「シマジ!お前!とんでもない悪さをしたそうじゃないか!」
シバレンさんだった。
「はぁ…」
「いま、電話があったんだ、ヒドイ目に遭ったって。
お前さんも、シマジには気をつけなよだって」
「…」
「アハハハ…、それにしても、お前もよくやるなあ。今さんは下戸だから、
ロマネコンティがどれくらい高いものなのか、知らなかったんだな。
ああ、可笑しい。ハハハハ…」
「はあ、えへへ…」

ロマネ・コンティ。
赤。幻のワインといわれ、年間五、六千本しか生産されていない。
ビンテージの良いものでは、一本十万円を越えている。パリあたりでこの
ロマネ・コンティを置いてあるのは、最高級点である。尤も、高度成長を
とげた日本では、銀座あたりに、よく見かける(75年頃のエッセイより)。

労せずして手にしたアブク銭。
それが、無意味に消えてゆくのを見て、
大僧正は、何を思ったのか…、
すぐに、シバレンさんに電話をするくらいだから、
まだまだ、悟りには遠かった、ということなんだろうなあ。

78 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/04/19(火) 06:55:35
えへへ♪

79 :吾輩は名無しである:2005/04/21(木) 20:36:04
なんか、シバレンさんの一生って、
ずいぶん、夢のない、せわしないものだったのじゃなかろうか。
九死に一生を得て、日本に戻って、敗戦、焼け跡、飢え…、
食うために、死に物狂いに働いた日々。
カストリ雑誌に、エロ小説を書きなぐり、
世界文学全集を、少年少女向けに、書きなおし、
やっと口に糊する日々。
やがて、売れ始めると、今度は、連載が月十本!
毎日まいにち、締め切りに追われ、
休むひまもなく、馬車馬のように働かされる日々を30年。
とうとう、精も根も尽き果て、干からびて、
呆気なく、バタッと逝ってしまった。
「モノを書いて、興に乗ったときの、精神の昂揚!
それはそれは、素晴らしく、楽しいものなんだよ」
そんなのは、ずいぶん、つつましい満足感に思える。
シバレンさんには、還暦を過ぎ、いっさいの仕事を辞めて、
せめて、のんびりと、呆けさせてあげたかったなあ。
61歳って、ずいぶん、早死だもの。

80 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/05/04(水) 01:13:51
かきこんだら わるいかなあ
このスレッド あげ(age)たら ノミさん いやかなあて
あげていいかなあ>ノミさん
あしたまで おへんじまつね
おへんじなかったら あげちゃうね


81 :吾輩は名無しである:2005/05/05(木) 17:02:51
>>80
あげんでええ。

82 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/05/05(木) 20:39:10
>>81
ノミさんなの?

もれ 柴田練三郎 リアルタイムで かつやくしてたころ しらないから
ノミさんのはなし たのしみにしてる

83 :吾輩は名無しである:2005/05/05(木) 21:38:57
そうかい?
じゃまた続けるかな。
熱しやすく冷めやすい。
飽きてほっぽらかしていたのだが…、
しょうがないなあ。

84 :吾輩は名無しである:2005/05/06(金) 20:32:15
シバレンさんが、ベタボメした作家がいた。
早死にしてしまったから、あんまり作品は残っていない。
ぼくも、大好きなシバレンさんが、奨めるものだから、読んでみたが、
構成の巧緻さ、巧みな展開、テンポの良さ、ウィット…、
いやはや、もう、手の加えようがない、完成された領域。

久生十蘭という人。
すんげえ作家がいたもんだ、ああ、こりゃこりゃ。
母子像、肌色の月…、

完璧を求めるあまり、締め切りは守れない、数もこなせない、
とうとう、食道ガンで逝ってしまって、
生前、とうとう完成できなかったものを、
奥さんが、サラサラサラと、結末まで買いちゃって、
ずいぶん、中途半端に残されてしまった「肌色の月」。

一方、締め切り厳守、大量生産で、駄作もいっぱいこしらえて逝った、
シバレンさん。
数は、こなさなくてもいいから、納得できる完璧な作品を残したかった。
案外、そういう願望が、久生十蘭さんをベタボメしたのかも知れない。
そんな気がする。

85 :吾輩は名無しである:2005/05/07(土) 20:53:47
吉行淳之介さんのエッセイにも、たびたび、シバレンさんが登場する。
年齢的には、10幾つくらい、離れていたと思う。
吉行さんは、シバレンさんを「柴田さん」と呼んでいた。
もっとも、バクチで熱くなると「オイ!シバレン!」となった。
シバレンさんは、吉行さんのことは「ヨシユキ!」もしくは、
「オイ!オメエ」と呼んでいた。
シバレンさんは、吉行さんのことをほめたことがある。
「オメエは、病気の問屋だそうで、年中、あっちこっち病気で、
苦しいそうだけども、いっぺんも、苦しいだの辛いだの、
言ったことがねえ。偉いヤシだ!」
そんな、誉め方だったそうだ。
その吉行さんが、どういうわけか、時代小説を書くことになってしまった。
いままで、いっぺんも書いたことがなく、まったく、畑ちがいの分野だった。
吉行さんは、そこで、シバレンさんに相談に行った。
シバレンさんは、ずいぶんと親切に、応対してくれたそうだ。
「時代小説も、どんなに、アチャラカな内容でも、きちんと、
押さえておくべきところは、押さえておかなくちゃいけないんだよ」

「例えば、千両箱ね、あの重さって、どのくらいだか知っているかい?」
「それから、当時の町も、ある場所から場所までが、どのくらいの、
距離なのか、目をつむっても、歩けるくらいでないとダメなんだよ」
そんな風に、懇切丁寧に、噛んで含めるように、シバレンさんは、
教えてくれたそうだ。
吉行さんは、それで、ねずみ小僧だかなんだかの時代小説を作った。

そんな二人も、すでに、逝ってしまった。
遠いな。

86 :吾輩は名無しである:2005/05/10(火) 20:31:40
因果というものは応報する。
くだらぬ迷信だと笑うがよかろう。
こころに一点の良心もなく、
悪逆非道の限りを尽くし、笑って刑場の露と消える者は、
幸福とは無縁の、冷たい刑場で、天寿をまっとうできない応報を与えられる。
シバレンさんは、物語の中で、極悪人には、極悪人なりの末路を与え、
善者には、善者なりの結末を与え、
不遇な弱き者には、最後のひとときに安らぎを与えた。
因果は応報するものである。
シバレンさんは、それを固く信じていた。
あれほどのウソを、小説の中では描き続けながら、
シバレンさんほど、ウソの嫌いな人はなかった。
ウソのない実直な人生。
シバレンさんの求めていた理想である。

87 :吾輩は名無しである:2005/05/12(木) 21:03:14
シバレンさんの晩年。
眠狂四郎も、もう充分に書き尽くした。
彼のやることなすこと、すべては、もう書いてしまった。
力は、全部、出尽くした。
時代を変え、人物を変え、思いつくままに、
出鱈目な、物語を、書き飛ばしてきたのだが、もうじゅうぶんだ。
体力も気力も、もう、おしまい。
毎日、ただただ、名状しがたい厭世観だけだ。
娘はすでに縁付いたし、古女房も、これまでの印税で、
余生はおくれることだろう。
もう、疲れた、早く楽になりたい。ゆっくり眠りたい。

シバレンさんの最期は、ほんとうに、あっけない。
あれっ?と、思う間もなく、逝ってしまった。
さすがに、仕事が迅い(w。

88 :眠名無四郎:2005/05/18(水) 14:11:22
ノミさんまだー?

89 :吾輩は名無しである:2005/05/19(木) 19:37:27
シバレンさんの愛読書は、バイブルだった!
まさかねえ、あの、シバレンさんが、夜な夜な、熱心に、
バイブルを読んでいた!
信じられまつか?
もっとも、シバレンさんの作品のテーマには、
ころびバテレンとか、背徳とか、イエスの裔とかに見られるように、
また、クリスチャンの遠藤周作を、こっぴどくやっつけたり、
揶揄したり、もともと、シバレンさんは、そっち方面に興味があったんだろな。
ところで、愛読書ついでに、
シバレンさんが、どんな作品が好きだったかというと…、
フォーサイスのジャッカルの日とか、日本では前にも書いた、久生さんとか。
ほかにも、アメリカの作家で、ウイリアム・M・ケリーって人がいる。
日本の純文学とかの作家の作品が、いかにくだらなく幼稚かの批判のあとに、
その名前が出て来たんだ。
主人公は、ベトナム帰りだ。就職して、コピーライターかなんか、
広告会社に勤めている。午前中に、ひとつ大事な仕事を追えて、
昼食時だ。会話が、そっち(戦争体験)のほうに流れていって、
同僚が彼に聞くんだ。
「で、キミは、ベトコンを殺ったのかい?」
「うん、10人くらいかな。後方に潜入する任務だったからね。
もともと、海兵隊ってのは、射手なんだ。それが、いろいろな特技を身につける。
ぼくは、素手で人を殺す方法を、十何通りも身につけているんだぜ」

「さて、デザートでも頼もうか?」

こんな恐ろしいシビアな小説が、シバレンさんは、好きだったんですね。
やれやれ。

90 :吾輩は名無しである:2005/05/20(金) 20:46:42
佐藤春夫という人については、よく知らない。
「田園の憂鬱」とかいう作品を書いたらしいけども、
いちど、古本屋さんで手にとって、ぺらぺらめくってみたけれが、
ひどく、退屈な気がして、結局買わず、
だから、一冊も読んだことがない。
シバレンさんの師匠だったという。
門弟三千人とか、そんなことも、言われている。
弟子を三千人持ったのは、
孔子さん、
千葉周作さん、
あとは、知らない。

邱永漢さんの、食い物話の中にも、佐藤春夫さん夫婦は、
そろって登場していた。
あの、極限的フル・コースにも、動じることなく、難なく、全て食べ尽くた。
大食漢みたいに書かれていた。
シバレンさんは、佐藤春夫さんを、生涯清貧に甘んじた文士だと絶賛している。

最近知った。
佐藤春夫さんの葬式代は、
ぜんぶ、シバレンさんが出したのだと。
伝通院のお墓も、もしかしたら、
シバレンさんが、全部、出したのかも知れない。
だいいち、佐藤春夫という仁には、カネはない。
葬式から墓石から墓苑から、一切合財、ぜんぶ、
弟子が面倒を見てくれる。
やはり、それならば、それほどまでに、佐藤春夫という人は、
立派な凄い人だったんだろうなあ、
そう思う。
だから、ぼくは、シバレンさんが、好きなのだ。

91 :吾輩は名無しである:2005/05/23(月) 00:46:12
>>11
>シバレンさんは、いまも、高輪プリンスのラウンジで、
>独り、じっと坐っているらしい。
それほんと?


92 :吾輩は名無しである:2005/05/23(月) 23:16:07
シバレンさんは、いまから三十年近くも前に逝った。
だから、高輪プリンスに、いまも居るわけはない。
ふつう、そう思う。
だが、語った人が、横尾忠則さんだということになると、
非常に、信憑性がある。
生前、シバレンさんが、言っていた。
「横尾くんは、生涯、一度も、ウソをついたことがない人間だ」
あの、ウソつきのシバレンさんが、その目で見て、確かめて、
そう、断言している。
横尾忠則というのは、そういう人だ。
その、横尾さんが、チャネリングをやった。
シバレンさんと会話をした。
二人は、一時期、1年以上も、同じホテルに住まい、
連載の企画をこなし、毎朝何時間も、ラウンジで時を過した。
実の女房に語る以上の何かを、シバレンさんは、横尾さんに語っている。

シバレンさんは、横尾さんに言った。
「あんたは、いまでも、支度が遅いのかね?」
支度…!
それは、シバレンさんが、時間を守れない横尾さんに、いつも言っていた言葉!

「先生は、いま、どこにいるんですか?」
「どこにって、ここ(高輪)にいるに、決まってるでしょう」

「どんな感じなんですか?」
「静かだ、実に静かだ。静寂のなかで、ずっと、こうして坐っている」

まあ、ウソを言わない横尾さんが、そう言うんだから、
そうなんでしょう。

93 :眠七四郎:2005/05/29(日) 21:21:30
再びノミさんマダーッ?

94 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/05/30(月) 00:54:48
もれが いおうと おもってたのにい
さあいっしょに
ノミさんマダー?(゚∀゚ )っ/凵⌒☆チンチン

95 :吾輩は名無しである:2005/05/30(月) 20:29:44
林忠彦さんという写真家がいる。
いまも存命かどうか、
作家の写真を、片っ端から撮った人だ。
あの有名な、太宰治の、ルパンで、おだあげてる、酔っ払い風景も、
この人が撮った。
林さんは、シバレンさんの写真も、ちゃんと撮っていた。
山のように原稿が積まれた、仕事場の座卓、
その向うに、シバレンさんが、坐っている。
刀をいま、鞘に収めようとしているところだ。
口を、ヘの字にひん曲げ、切っ先をいま、鞘に収める寸前の図。
その刀が、いい刀なんです。すんなりと寸の伸びた、細くもなく太くもく、
眠狂四郎に持たせたい、そんな、すてきな、きれいな刀。
あれ、なにかなあ?
樋がすぅっと切っ先まで通った、いい刀なんだ。
いまも、奥さんか娘さんがもっているのかしら。
シバレンさんの「刀」話では、人斬り斑兵が、一番好きだ。
「地獄谷の祠には、無数の刀が、ギラギラした殺気を込め眠っている。
無辜の人たちを、意味もなく、多数殺めた刃、
決闘の果てに、双方が刺しつらねて逝った刀、
抜けば最後、血を見ずにはおさまらぬ妖刀…、
地獄谷には、この世の、ありとあらゆる不吉な因縁を背負った刀たちが、
次なる殺傷の場を求め、静かに眠っているのであった。
いかんねえ、
不吉に惹かれるものは、不吉が、呼び寄せてしまう。
暗いよねえ、シバレン作品は。

96 :眠七四郎:2005/05/30(月) 20:57:54
ノミさんキターッ
林忠彦は、アンゴの写真が大好きなんでR。
「地獄谷の祠」の話で、
ふと市川雷蔵主演、三隅研次監督の「剣鬼」を思い出した。
大好きな映画でR。
ネットで今調べたら、これもシバレンさんが原作だった。
ノミさんは見てるのかな?。

97 :眠七四郎:2005/05/30(月) 21:02:16
っていうか、「人斬り斑兵」こそ、「剣鬼」の原作なんだな。
映画の主人公の名前が「斑兵」だったということを今思い出した。
汗、汗。
こんど読んで見ます。


98 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/05/30(月) 23:55:55
>>95
>暗いよねえ、シバレン作品は。
もれが いつも ひっかかるのは そこなんだ

99 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 19:05:19
99

100 :【この板のト書き】 ◆ovlpiRHmG2 :2005/05/31(火) 19:06:14
100をノミさんへ♪

101 :吾輩は名無しである:2005/05/31(火) 20:30:08
この話は、したかなあ。
市川雷蔵さんが、亡くなってから、しばらく、
眠狂四郎をやる役者がいなかった。
のちに、関西テレビかなんかで、またぞろ、話がもちあがった。
シバレンさんの、強い推しで、主役が田村正和さんと決まった。
田村正和さんという、役者は、
なんか、最近、2ちゃんねるで、学会員みたいなことが言われたが、
あれは、同性同名の人が、たまたま、同じ地域で幹部でいただけのこと。
シバレンさんが、田村正和を、眠狂四郎に推したのを、シバレンさん自身が
語っている…、
田村正和という人は、これまで、私生活が、女性雑誌等に
取り上げられたことが、ありますか?
(いっぺんも、ないでしょう)
この人は、深夜、正座をして、台本を読む。
役に没頭するべく、台本と取っ組み合う。
(ウソだろう? あの、何とか任三郎がぁ?)
シバレンさんは、田村正和という役者に惚れた。
この軽薄短小な、ゲーノー界に、こういう男が、まだ、生きていた!
一番の狂四郎役者は?
そう聞かれると、シバレンさんは、やっぱり、市川雷蔵と答えた。
最後の頃は、もう、体力もなく、それはそれは、
凄まじい形相だったそうだ。
太刀回りは、みな、代役がこなした。
眠狂四郎といえば、シバレン。
3歳の赤子でも知っている、円月殺法。
もの凄い人物を、ロクに考えもなく、産み出してしまったものだ。
シバレンさん、
シバレンさんに、会いたいなあ。

102 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 20:08:27
シバレンさんは、どういうものか、葬儀委員長を、ずいぶんやらされた。
自分で買って出たというよりも、なりゆきで、やらされちゃった。
人が善かったし、人望もあったんだろな。
いまではもう、ほとんど、人々の記憶から失せた、梶原季之という作家。
この人の、原稿書きの速度といったら、超人的で、
1晩で500枚くらいくらい、屁でもなかった。
恐ろしいほどの速筆の、流行作家だった。
その梶原さんが、旅先の香港で、突然、急死してしまった。
それで、冒頭でも書いたように、どういう訳か、シバレンさんに
葬儀委員長の鉢が回されちゃった。
シバレンさんは、葬儀屋さんじゃないもの、
そんなこと急に言われたって、お戒名だの何だの、
お葬式の式次第だのなんだの、そんなもの、知るわけない。
なんか、わけもわからぬまま、やっつけで、場をこしらえた。
紀伊国屋だかなんだか、大書店の店主、某が通夜にやってきた。
その、半ボケ老人の某は、その葬儀の様子をみて、いちいち、
ねちねち、悪どく、イチャモンをつけ、シバレンさんをやっつけた!
そして、無礼にも、葬儀そのものを、足蹴にして、さっさと、立ち去った。
眠狂四郎に出てくる、肥えた悪徳商人、これでもかこれでもかと、
腹黒く悪どい連中、そういう、世の中の仕組み、絶望的な巨悪の存在。
シバレンさんは、その巨悪の最たる「戦争」を、自身で体験し、
九死に一生を得て、生き残った。
ほんとうに、現世ってのは、いつでも、どこでも、
これでもか、これでもかと、どこまでも、悪どく、えげつない。
その仕組みにどっぷり浸かり、売文業に甘んじている自分。
名状しがたい、胸くそ悪さ!こん畜生!
シバレンさんの晩年の口癖が、この「こん畜生!」だ。
こん畜生!

103 :眠七四郎:2005/06/07(火) 19:43:32
ノーミさーん!!

104 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/06/07(火) 22:40:54
∧_∧
( ・ω・) もれ いっしゅうかんは まとうってきめてたのに…
( つ旦 O    ノミさーーーーーん!!!!!!
と_)_)

105 :吾輩は名無しである:2005/06/09(木) 20:07:16
シバレン譚も、そろそろネタが尽きてきた。
さて、今宵は何を語ろうか。
「毒婦」…、
シバレンさんの小説には、よくこの言葉が出てくる。
毒婦伝奇という作品もある。高橋お伝をあつかった作品だ。
お伝の取り調べ担当検事某は、童貞だった。
これまで、勉学一筋の毎日だった。
取り調べ室。
腰縄を打たれ、引き出されるお伝。
うなだれる姿。
書類から目を離し、机越しに、検事某(童貞)は、お伝を見た。
瞬間!検事某は、落雷に打たれが如き衝撃を受けた!
その、憂いに満ちた涼しい瞳、切なく哀しい姿、なにもかもが、
なにもかもが、検事某の心の奥底に、これまでずっと秘めてきた
「理想の女性」と、完全に一致していた!
あまりにも、きつく見つめていたのだろう。
お伝もいぶかしげに、その双眸をゆっくりとあげた。
(これほどまでに、澄んだ美しい瞳の女がいるとは!)
恋!
そのあまりの美しさと、犯した罪が、いったい、どう結びつくものなのか…、
やがて、某は、己を取り戻し、こころの中でつぶやいた、
(この女に殺されたことは、男にとって、本望かも知れない)

殺されても本望!
そんな女性に出会えたなら…、それこそ、
「地獄へ落ちてもいい!」
なんかねえ、

106 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/06/09(木) 21:39:04
柴田練三郎が 高橋お伝を かいてるの!?
よみたくて よみたくなくて よみたくて
なんだか 「ぴったりきすぎて」こわいや
柴田練三郎は かわいそうな おんなのひとを
もっともっと どんどん かわいそうに かくんだよね

107 :ベルクカッチェ ◆dto6OTb1IQ :2005/06/09(木) 21:46:25
美女には不幸がよく似合う











                           カッカッカッカッカッ……(靴音

108 :吾輩は名無しである:2005/06/10(金) 20:08:06
プレィボーイ誌に、悩み事相談「円月説法」の連載をもったのは、
前にも書いたっけ。
その附録みたいなところに、シバレンの星占いコーナーがあった。
漏れは、何年何月何日生まれだが、何年何月何日生まれの彼女とは、
うまくいくのだろうか?とか、なんたらかんたらの相談コーナー。
星占いというと、女性雑誌とか新聞の片隅とか、テレビでも、
今日の星占い!みたいな、そんな扱いなのだけれども、
シバレンさんは、相当深く、占星術を研究していて、
毎回、かなり、本格的な回答だった。
シバレンさんは、ちゃんと、彼と彼女のホロスコープを書いて、
参考書を参照にしながら、いちいち、丁寧に回答していたんだよ。
(たかが、雑誌の星占いに!)
何年何月何日当時の天体は、どのような位置関係にあったのか、
太陽月火星水星木星金星土星冥王星…、
そしてそれぞれの宮に位置する星々の位置、
過去、数千年にわたり、この星の位置関係の場合に、
このような出来事があったとか、このような現象があった、
そういう、歴史的な事実の積み重ねから、ある種の法則を導き出す、
それが、占星術という「学問」だ。
きっと、シバレンさんは、ちょうどいい機会だとおもって、
一生懸命にホロスコープを描き、アンちゃんネエちゃんの未来を、
断定的に予測したんだろう(w。

シバレンさんには、ずいぶん、いろいろなことを教わったなあ…、
もう、ホロスコープの描き方も、忘れてしまったな。

109 :眠七四郎:2005/06/13(月) 03:32:43
>シバレン譚も、そろそろネタが尽きてきた。

他のネタも是非お聞きしたく候。

110 :吾輩は名無しである:2005/06/14(火) 21:55:04
大部屋作家に、姫野カオルコさんという人がいる。
確か、直木賞の最終候補に、2回くらい残ったのか。
その都度、落選し、すでに、彼女も五十に近い。
旧弊の田舎を逃れ、都会に出た彼女は、青学というブランドと、
自由奔放の空気に触れ、これまで溜めていた欲求を、一気に爆発させる。
その結果、なんと、エログロSM小説などを、書き散らす、ていたらく。
どんな、どスケベエおやじの「目尻」にかなったか、
第1回、団鬼六賞!
その後、アラーキーのモデル(ヌードはなし)になったり、
ひととき、ちやほやされて、
いつとはなしに、話題にものぼらなくなり、
年収100万未満の、大部屋作家になりはてて、幾星霜。
前置きが長かったが、この姫野さんが、無類のシバレン・ファンだった。
シバレンさんは、最期は、ひっそりと逝ってしまったので、
その様子が、巷に出ることはなかったのだけれども、
姫野さんは、シバレンさんが逝くときに、ちゃんと見送っていた。
夢の中に、シバレンさんが現われた。
白いかすりの着物をきていたそうだ。
背中がとても寂しそうだった。
やがて、その背中が遠くなり、見えなくなってしまった。
姫野さんが、シバレンさんの死を知ったのは、翌日の新聞。
熱烈なファンというのは、
いっぱいいるんですね。
姫野さん、
売れないなあ。

111 :吾輩は名無しである:2005/06/21(火) 09:34:40


112 :吾輩は名無しである:2005/06/22(水) 22:07:09
もうずいぶん前の話だ。
知人の披露宴が、九段下のグランドなんとかというホテルで行われた。
ちょうど土曜日で休みの日だ。
案内図を見ると、近くに靖国神社とある。
これまで、どういうものか、一回も行ったことがなかった。
まあ、話のタネに行ってみるか。
「花神」で有名な大村益次郎の銅像や司馬遼太郎さんのエッセイに出てくる、
かの悪名高い「チハ車」、人間魚雷「回天」などなど、
往事を懐かしむものが並んでいた。
資料館へも足を運んだ。入場料が500円とか700円したろうか。
ぐるりと眺めた感想は、要するに、
「勇ましい」
勇ましい軍人たちの姿や輝かしい戦果、敗戦が決まったあとの「潔い」、
自決の際の血染めの軍服。
勇ましい、ニッポン軍人を奉る記念館。
「かなり逝っちゃってまつね」
戦後世代の率直な感想だろう。
シバレンさんは、靖国神社なるところには、行ってはおるまい。
赤紙一枚で、狩り出され、内務班では、年中ぶん殴られ、
挙句の果てに、輸送船は撃沈。
重機類は、重くて積み下ろしに不便なため、すべて上甲板、
兵隊は、軽く、いくらでも補充がきくので、船底へ。
太平洋のありとあらゆる島々へ、日露戦争当時の武器を与え、
食糧も補給もなく、あとは勝手になんとかしる!
戦場に出ることのなかった後方部隊、中曽根さんのような経理将校。
まあ、そういうのが、だいたい、昔を懐かしがるのだろうね。
ふつうは、嫌な体験を、思い出したくはない。

113 :吾輩は名無しである:2005/06/25(土) 21:21:00
age

114 :吾輩は名無しである:2005/06/28(火) 22:23:29
戦争で九死に一生を得て、
戦後大衆娯楽小説の第一線に立ち、
殺人的な仕事量に追い詰められ、
せっかく儲けたカネも、せいぜい、ゴルフ会員権や
軽井沢の別荘の維持費や、そんなもんに、消費してしまった、
シバレンさん。
シバレンさんは、青少年たちに、ほんとうに、
心の芯まで染み通る、いい言葉を残している。
「カネでも何でも、余裕があったら、せっせと、自分に
投資することだね。勉強でもなんでも、自分に投資する。
それが、やがて、自分に、戻って来る。
そういうもんだよ、うん」
あの人は、口では無頼ぶっていたけれども、
あんなに、真面目で小心で、
典型的な日本人って、そうはいないよ。

115 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/07/10(日) 22:47:03
∧_∧
( ・ω・) 
( つ旦 O
と_)_)

116 :眠七四郎:2005/07/13(水) 23:54:26
∧_∧
( ・ω・) 
( つ旦 O
と_)_)

117 :眠七四郎:2005/07/30(土) 17:04:29
ノミさーん。
カムバーック!

118 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/08/16(火) 23:30:55
テレビとうきょうで おひるに 片岡孝夫の眠狂四郎 さいほうそうしてるね
なつやすみだから みたんだ 
ほかの じだいげきドラマと けいろが ちがうや

119 :酒ーマッハ ◆p8CNM5CAZA :2005/08/30(火) 20:51:07
今日、初めて読んでノミさんのファンになりますた
亀レスだけど、横尾忠則さんが昔好きで何回かイベントに逝ったことがある
うろつき夜太の本にサインして貰いました
それから10年か。早い。

120 :酒ーマッハ ◆p8CNM5CAZA :2005/09/09(金) 18:04:51
眠狂四郎 終わっちゃいましたね


121 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/09/18(日) 00:36:38
ノミさん もれ いま つらくてさ
ノミさんみたら ないちゃうかもね
えへへ えへへ

きになる あのこに かってに うらぎられる みたいなさ
よくある はなしだよね
ただひとり しんじてた にいちゃんにから
「あんなやつ しらないよ おとうとじゃないね」
なんてさ よくある はなしなんだよね

柴田練三郎の かく しょうせつ くらくてさ
じつは きらいな こともあったんだ
だけどそれは ずるきたない にんげんせいの はつろとか
そんなんじゃ なくてさ
そんなものに たいする きらいじゃなくてさ
ただ ひたすら くらくてさ
くらくて くらくて くらくてさ
くらさに もう やりきれなくてさ

なのに いま ふしぎと よみたくなって「白い戦慄」
ノミさんが すきだって いってた
もれの きらいだった「白い旋律」
くらくて くらくて そのくらさに うずもれてさ
じぶんが かなしいの ごまかしてさ いまの もれはさ
ノミさん もれみたいに かなしいこと あった

122 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/09/18(日) 03:41:51
ねむれない ハートブレイク おさむ5さい

<ずるきたない にんげんせいの はつろ>
なんて かいて おもいだしたけど
どうして 柴田練三郎は むこようし いったの
ださんでは ないの それは

もれのばあい こころの ちかいひとに よりそいたいだけ なんだ
そういうのは きれいごとなのかな やっぱり もれは ほんきだったんだけど

123 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/09/18(日) 03:52:13
でも もし かのじょが しょじょじゃ なかったらって
かんがえる だけでも おそろしいね もれは そうぞうりょくが たくましいからね
シバレンさんの じんせいそうだん(アドバイス)の ようには いかないや

でもって しょじょだったら もったいなくて てはだせないね
ああ てえへんだ てえへんだ 
てえへんかける たかさ わる2は さんかくけいの めんせきだ♪

124 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/09/18(日) 03:55:42
はあ つまんねえよ

125 :5さい事務所:2005/09/18(日) 13:37:20
ああ、なんてことでしょうね。
まともにシバレン話出来るようになるまで、おさむ5さいには、謹慎を命じます。
ノミさん申し訳ございません。


126 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/09/18(日) 13:41:18
なんだよケチ!
ちゃんと ワンレスにいっかい シバレンって いれてるじゃないか

127 :5さい事務所:2005/09/18(日) 13:44:34
おさむ5さいには反省文を書かせますから。
ノミさん、あとをよろしくお願いします。

ずるずる……(おさむ5さいを引きずって退場)

128 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2005/09/18(日) 13:48:16
「てえへんだ てえへんだ」ってのは もれの オリジナルだから
そこんとこ よろしく
(ひきずられながらピース♪)

129 :眠七四郎:2005/09/21(水) 12:08:53
∧_∧
( ・ω・) 
( つ旦 O
と_)_)

130 :酒ーマッハ ◆p8CNM5CAZA :2005/09/28(水) 07:42:15
10月4日から、「眠狂四郎 無頼控」の再放送、テレ東で始まりまつよ。
漏れ、狂四郎と誕生日が同じでつ。
ご存知かもですが、下のサイト見て気付きますた。
http://www.geocities.jp/musomasa/

131 :酒ーマッハ ◆p8CNM5CAZA :2005/09/28(水) 21:54:46
亀レスだけど、>>23の答えも上記サイトに発見。

1978年(昭和53年)6月30日 午前2時45分、肺性心により、慶応義塾大学病院にて死去。享年61歳
墓所 小石川伝通院







132 :吾輩は名無しである:2005/10/14(金) 01:17:15
このまま消すのも惜しいスレだ。

133 :丸出し:2005/10/14(金) 12:35:56
眠狂四郎に感動したよ

134 :吾輩は名無しである:2005/12/03(土) 11:33:31
http://ime.nu/up.viploader.net/pic/src/viploader23737.jpg

135 :名無しさん@自治スレッドでローカルルール議論中:2006/01/13(金) 20:31:41
姫野カオルコさんが、またぞろ直木賞候補作に挙がった。
くだらない。やめちゃえばいいのに。
姫野さんのエッセイは古本の文庫で3冊くらい買った。
小説はものの数行も読むに耐えないので読んでない。
でも、姫野さんがシバレンさんが好きだった、
その一点だけでちょっと応援してしまう。
今回も落ちると3度目の落選か、
くだらない、
やめちゃえやめちゃえ、
もう悪た川賞も名お木賞も、せいぜい1ヶ月しか耳にしない、
中刷り広告程度の価値しかないもん。
時代はやっぱり男根ですよ。
男根時代、男根時代をターゲットにした淡い恋愛小説とか、
きっと多少のブスは伸びると思う。

136 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2006/02/14(火) 23:21:04
柴田練三郎じしんの かいた「書」って どんなだったの
眠狂四郎のなかに 「王義之をよく(臨書)した楷書」っていう ひょうげんが でてくるよ
さいしょ よんだときから もれ きになってた
じだいしょうせつで 王義之を きくなんてね だてじゃないねってね
だから 柴田練三郎じしんは どうだったの ね ノミさん ねえったら!



137 :おさむ5さい ◆RPZE1eqCoE :2006/05/14(日) 00:46:12
柴田練三郎は アイデアにつまったとき まどから そとへむかって ほえたそうです

138 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 00:47:56
う、う、うぎゃぁあああぉうぉおおおおおおおぉあああああああああああ!!

139 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 00:57:11
>>131
伝通院寿経寺は京都知恩院の末寺なので
徳川家康の母や千姫など徳川ゆかりの女性の墓がある。
師の佐藤春夫の墓もある。シバレンの墓碑は横尾忠則が設計したとか。

ちなみに戒名は「蒼岳院殿雋圓月錬哲大居士」



140 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 00:58:35
つか、
時代小説板へ逝け。もしくは一般書籍。好きな奴がいるべさ

141 :吾輩は名無しである:2006/05/14(日) 01:16:08
>>139
佐藤春夫と同じ寺に?! 本人が望んだんだろうか…

142 :吾輩は名無しである:2006/05/17(水) 23:52:13
「眠狂四郎」面白かった。
ちょっと読んでみようかな・・って軽い気分で読み始めたのに
ところどころ「源氏物語」に似た重苦しさを味わったのは意外だった。
主人公の魅力も相俟ってに飽きこない。
結局15冊読みきってしまった。こんなに嵌るとは思わなかった。


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