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【呪怨】鎌田哲哉【禍】

1 :自己のあり方を再審にふせ!:05/03/08 21:35:31
【呪怨】強い怨念を抱いたまま死んだものの呪い。
それは死んだものが生前に接していた場所に蓄積され「業」となる。
その呪いに触れたものは命を失い、新たな呪いが生まれる
++++++++++++++++++++++++
【具体的呪の用法】
根性なしどもを焼き尽くせ!/言葉のハンマーを振りそそげ!
精神的な依存者を清掃せよ!/日本人どもを永久に馬鹿にしてやる!
醜怪なもの書きを不信と嫌悪で粉砕せよ!/ごろつきどもを殺害せよ!
執拗に記憶せよ! /  満腹ガキどもに怒号を継続させろ!
モッブを冷凍して細かく砕け!/ パシリを絶滅させろ!
個人の力で公然と言い返してみろ!

前スレhttp://book3.2ch.net/test/read.cgi/book/1108109880/




2 :靖っさん、北の次は中国で大儲け>鎌田哲哉:05/03/08 21:42:44
名前:ミサイル利権と靖国の神さんの厚い財布>NHK幹部中川、安倍に事前面会 :05/03/06
http://esashib.hp.infoseek.co.jp/nankin01.htm
沖縄における日本皇軍の横暴は末端の兵隊だけのものではなかった。
 将校の中には「中国大陸や南方の占領地とでも錯覚したのか、軍政をしくなどと、とんでもない放言をする」者もいた。
(浦崎純『消えた沖縄県』四五頁)。
また皇軍将校たちが那覇の「辻遊郭で日夜飲み騒ぐのを見せつけられた住民は……この郷土沖縄がまるで外地同様植民地であって、
あたかも外国軍隊が駐留しているのではないかとの錯覚さえ感じ」た者もいた。
(『沖縄作戦における沖縄島民の行動に関する史実資料』24頁)。
http://members.at.infoseek.co.jp/NankingMassacre/mondai/gyakusatu.html
また日本軍の将校は、監督した沖縄地域の有力者に対して、女学生などの若い女性を自分の愛人にするために差し出すよう要求し、
実際に多くの女性が皇軍将校専属の慰安婦にされた(藤原編著前掲書、二二頁、川名紀美『女も戦争を担った』二一三頁)。


3 :吾輩は名無しである:05/03/08 22:02:33


     ミミ ヽヽヽヽリリノノノノ
    ミ   ,,、,、,、,、,、,、,、、 彡  
    l  .i''"        i彡   ←蛭田葵
    | ..」  ⌒' '⌒  |   
    ,r-/  <・> < ・> |     
    l       ノ( 、_, )ヽ |    
    ー'    ノ、__!!_,.、|     ハーイ ベイビー 君たち満腹ガキ やってるかい?
     ∧     ヽニニソ  l    
   /\ヽ         /    
 /     ヽ.  `ー--一' ノ/ヽ




4 :吾輩は名無しである:05/03/08 22:18:15
912 名前:吾輩は名無しである :05/03/08 20:46:09
こんだけ否定的な意見が出ても人気あるってことは
何か誰にも否定できないまっとうな意見を吐いているからなんだろうな。




5 :吾輩は名無しである:05/03/09 04:31:19
井上紀州の作品が、2チャンネルなどで原一男の『ゆきゆきて、新軍』と比較されているこ
とについて、スガ秀実は、最終上映日に、原一男を「反革命」だと断定していた。「革命」
だの「反革命」とは何を基準にしているのか。「68年革命説」は所詮、スガ秀実の自己満
足にほかならないのではないか

ttp://d.hatena.ne.jp/PreBuddha/20050308

6 :吾輩は名無しである:05/03/09 04:39:28
スガちゃんもよく2ちゃんねるを意識してるが、あるいは親切にも
よく見ていてくれているとでもいうべきなのか?
最終日に出たと言われるに対応しうる、原一男との比較というのは
スガスレというよりも鎌田スレのほうで出ていた、この話だよな?
    ↓

7 :吾輩は名無しである:05/03/09 04:42:29
677 :吾輩は名無しである :05/03/04 00:52:29
レフトアローンを見た後に
なんだかとっても原一男作品が見たくなりました。
ゆきゆきて神軍、とか。
主人公はいわずとしれた奥崎謙三(笑

679 :吾輩は名無しである :05/03/04 01:13:36
しかし、
同じドキュメンタリーの手法であっても
原一男と井土紀州を比べたら、やはりその出来映えに雲泥の差を
感じずにはいられないのだが。
原一男と井土のこの差はどっから来るものなのだろうか?

680 :吾輩は名無しである :05/03/04 01:20:31
原一男は、対象の奥崎をカメラに捉えるにあたっても
あらかじめ構図を周到に用意してるように見える。
現場でその場で思いついて即座にアドリブでアングルを考え付いているのであっても
まずカメラの配置や、登場人物の捉え方について、よく考えた構図を与えているだろう。
しかし井土紀州のフィルムにおいてはそれがないように見える。
カメラを時には遠くから据えて回したり、登場人物を取り巻く状況について
俯瞰的な角度で上から語ったり、単なる会話だけでなく、そこで起きる
事件についても、接近しすぎないカメラで状況自体が物語をかたりかけられるような
画面において、それら事件の一部始終をとらえる。

原一男にあって井土紀州に圧倒的に欠如してるものとは、このような映像自体によって
語らせることのできる技術なのだ。
これな端的に両者の能力の違いなのだろうか??

8 :吾輩は名無しである:05/03/09 04:44:36
681 :吾輩は名無しである :05/03/04 01:24:06
ぶっちゃけていえば、井土紀州の今回のフィルム
「レフトアローン」なんて、映画にはなってないでしょう?
あれだったらまだNHK特集の制作班のほうがマシなドキュメント作品を
作ってるんじゃないの?

682 :吾輩は名無しである :05/03/04 01:28:53
要するに実質的には
レフトアローンの隠れ監修の係だった鎌田哲哉の
映画的無知のレベルまで、あの作品の映像の出来映えに如実に
反映されてしまったということなんじゃないの。

この結果の理由は。

684 :吾輩は名無しである :05/03/04 04:57:20
井土紀州の場合は、そこで起こっている(早稲田闘争の中でなら目の前で起こっている)
事件を捉えきるだけのカメラワーク(=それは同時にフットワークと反射神経、運動神経にまで関わる)
がなかったのだろう、あらためて出来上がった映像を眺めて、そこのところが鈍いのだ。


9 :吾輩は名無しである:05/03/09 04:45:10
685 :吾輩は名無しである :05/03/04 04:57:57
プロジェクトX>>>>>井土紀州

686 :吾輩は名無しである :05/03/04 05:27:58
そもそもあのレフトアローン中の映像を見ながら
当日の早稲田で起こっている模様のいったい、どれくらいの部分を
伝えていることだろうか?
本当はあそこの場所というのは、もっともっと興味深い、面白い現象というのが
たくさん起こっていたはずではないのか?
当日の早稲田構内の模様を全然捉え切れていないし(本質としても、物理的な量としても)
まずなによりもカメラアングルというのが一貫して、狭い。
はっきりいって何が起こっているのか全然、観客にあれではわからないでしょう。

687 :吾輩は名無しである :05/03/04 06:19:06
そう。さっぱり判らない。
みんなゾンビに見える。


10 :吾輩は名無しである:05/03/09 05:11:49

鎌田ブックレットの井土批判の猿マネ

11 :吾輩は名無しである:05/03/09 05:27:50
↑単に文章の読解能力のないだけの馬鹿ザルw

12 :吾輩は名無しである:05/03/09 05:28:34
さて。それで最終上映日に2ちゃんを参照されたというスガの説なのだが。
まず件のブログからのみでは、どういう理由で原一男が68年にとって最大の
反革命といわれているのかは、ちょっと明らかではない。

しかしあえてそこを考えると、特に「ゆきゆきて神軍」の場合に即してだが、
奥崎謙三が過去に(ニューギニアにおける終戦直前の日本軍の内部にあって)
起こった日本軍の中にあった陰惨なイジメ、そして下士官の人肉を食っていた
事実を巡って、奥崎がまだ生き残っているよぼよぼの爺さんになっている旧日本兵の
ところを巡り、彼らの家で糾弾をするというものである。
(奥崎は時にはよぼよぼの爺さんの上に殴りかかる。周りの人はそれを
止めに入る。その一部始終を原一男はカメラに収めようとする-----
本当は相当数のカットがあるのだろうが・・・)


13 :吾輩は名無しである:05/03/09 05:30:30
要するに終戦からはるか時間がたった後に、奥崎謙三は差別糾弾闘争をはじめているのだ。
ここで糾弾をしている奥崎の姿に、別の文脈では、やはり左翼が差別糾弾闘争をしている光景というのを
そのまま重ね合わせることができるはずである。原一男がフィルム上で再生産しているのは、そのような
パターン化された糾弾に激高する人間のスタイルなのである。
このような形式的糾弾の姿をもって、これはあまりにもネガティブな意味での左翼的であるのと同時に
惰性としての左翼としてはいまだに至る場所で--まさに早稲田の731でもその周辺の左翼界隈でも−−
いまだに繰り返されている相も変わらぬ景色である。そしてそのような光景の存在自体がまさに惰性である。
あまりにも左翼的な・・・。

このような原一男の「ゆきゆきて神軍」に与えているイデーの事をもってして、この監督を「最大の反革命」と
呼ぶことは確かに正当であろう。原一男は無自覚な左翼の伝習的なスタイルを反復しているにすぎないから、
これは反革命の映画にあたっているのだ。

スガがもし上記のような意味で原一男のことを、「最大の反革命」と呼びたい
のならそれは正当であろう。しかしここで鑑みてほしいのは、奥崎−原的な
スタイルで演じられた左翼的お約束というのは、別に彼らだけのものではないし
彼らだけの責任でもない、ということである。
特にレフトアローンに即していえば、差別糾弾的左翼を巡るこの問題は
まさに津村喬の問題である。津村喬が運動から遠く離れて今は何を考えているのか
どうかということはさておき、この問題はスガと津村の会話の中でも出てきた
糾弾の代行、代行された糾弾劇の問題、成り替わり糾弾の問題というのを律儀にも
そのままなぞっているものであり、もちろんレフトアローンの映画当のものが射程にすえた
問題性の範疇にそのまま適応しうるものである。
ここでスガが原一男を反革命として呼びたいのなら、そのような体質をまさに
共有し、その共犯的な論理の中心を担っていたともいえる津村の問題まで
そこから及ばないのはおかしいのだ。単にスガの及び腰の問題であるだろう。


14 :吾輩は名無しである:05/03/09 06:45:48
↑は一回、哲学板のスレで書いたものをもう一回こっちに戻しなおした
ものなんだが、なんでかっていうと、最近、文学板の連投規制が強くかかってるね。
ちょっと続けて書くとすぐに書けなくなってしまう。

同様に哲板でも連投規制が強くなってるね。



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