5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【夢の島】日野啓三を語る【抱擁】

1 ::2005/05/05(木) 20:43:26
1929−2002
東京大学文学部社会学科卒業。読売新聞入社。
外報部勤務の傍ら、1964年、特派員として戦地のサイゴンへ。
1966年 『向う側』でデビュー
1974年 『此岸の家』で平林たい子文学賞受賞
1975年 『あの夕陽』で芥川賞受賞
その後は 『抱擁』で泉鏡花文学賞、
     『夢の島』で芸術選奨文部大臣賞、
     『砂丘が動くように』で谷崎潤一郎賞、
     『断崖の年』で伊藤整文学賞、
     『台風の眼』で野間文芸賞、
     『光』で読売文学賞、を受賞。

評論家としても活躍した実力派作家、日野啓三について語ろう。

2 :吾輩は名無しである:2005/05/05(木) 20:49:06
確かベトナム戦争の取材で開高健と会うんだよね。
開高の「ベトナム戦記」にも日野の名前がちゃんと出てたと思った。
わたし的には「抱擁」いちおしかな〜。


3 :吾輩は名無しである:2005/05/06(金) 22:58:46
以前はファンだった。晩年の作品からはどんどん輝きが消えていったように思えてならない。
絶版の「Living Zero」があれば勝手ちゃんと読みたい。大学入試の現代文の問題集に入っていて、感動した覚えがある。

4 :吾輩は名無しである :2005/05/07(土) 01:24:36
80年代の氏は確かに輝いていた。それはディックやバラードなど、思わぬところから
自分に近い感覚をもった作家の存在を知って興奮したのもあるだろうな。
鉱物的な作風になる前のかなり純文してる連作『風の地平』あたりも好きだけど。

5 :吾輩は名無しである:2005/05/10(火) 11:07:25
そう。この作家が80年代に輝いてたのは「都市小説」という新分野を切り開いて
自分の力でどんどん開拓してったからなんだよね。その路線は”当たり”だったよ。
晩年に輝きが失せちゃったように感ぜられるのは、ガン手術の経験や老い等から
どんどん「死」がテーマになってくからだと思うな。
わたしはあの作品が好きだな。う〜んと、マラソンする話。80年代の後半に発表
されたと思った。

6 :吾輩は名無しである:2005/05/13(金) 23:34:32
ブクオフにて。
「聖岩」という本を百円で買いました。
ハードカバーのです。
なかなかおもろかったです。(^^)

7 :吾輩は名無しである:2005/05/20(金) 11:38:08
あの夕日という芥川受賞作。
よくわかりませんでした。

8 :吾輩は名無しである:2005/05/23(月) 13:06:39
このひとって芥川賞委員会やってた人だよね。長く。

9 :吾輩は名無しである:2005/05/27(金) 11:19:50
天窓のあるガレージ、あげ

10 :あのねのね:2005/05/30(月) 10:24:47
読売新聞っつうとこが凄いね。
記者やりながら小説かいたんだぁ。

11 :吾輩は名無しである:2005/06/03(金) 11:25:22
「夢の島」は確か、谷崎賞の候補として、村上春樹の「ハードボイルドワンダーランド」
と競ったんだよね。で、僅差で春樹の方に決定した。
だけど、その1年後に、「砂丘が動くように」で見事、谷崎賞をゲットしちゃうんだか
ら、やっぱこの作家大したもんだよ。

12 :吾輩は名無しである :2005/06/04(土) 20:48:06
ほぉ、そうだったのか。確か「夢の島」は書き下ろしで、ほぼ同時期に「砂丘」を
雑誌に連載していたんじゃなかったかな。一番脂ののっていた時期だな。
しかし福田和也あたりは結構、このへんの日野文学を貶してるんだよな。
まあ、福田が読めてないだけなんだが。

4 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)