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三沢さんの「理想主義者」の文学性について

1 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 13:57:59
プロレスラーは少しナルシスト的な要素を持っていたほうがいい。
自分の体型に惚れ込むくらいのほうがトレーニングにも力が入る。
その身体で勝負するのがプロレスラーだからである。

2 :漂泊の2ゲッター:2005/06/01(水) 14:50:53
   コタツデ
        ∧∧  <2ゲト〜〜〜〜〜
       (゚Д゚ )  
     / ̄ ̄旦/ヽ;;;⌒`)   
   /___/ ※/)≡=-;;;⌒`)⌒`)   
  / ※ ※ ※ ※ // ≡≡≡≡= -;;;⌒`)⌒`)
  (ー―――――_,ノ ≡=⌒`);;;⌒`)≡=-⌒`)
   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   ズザー―――

3 :吾輩は名無しである:2005/06/01(水) 16:09:38
三沢さんの「理想主義者」は、「信用できない語り手」を設定して
紡がれたメタ・フィクションである。
おそらく、H.ジェイムズの影響を受けたのだろう。
「理想主義者」のなかの「私」は、プロレスラーであることから
読者は「私」=「作者の三沢光晴」と錯覚させられるが、
「私」は現実の三沢光晴とは似て非なるものである。
このような文学的技法を知らないプロレスファンは同書を読んで、
「三沢さんは電波である」
「三沢さんはビッグマウスのはったり野郎だ」
と完全に曲解したのは当然といえる。
三沢さんの「理想主義者」は、プロレスファンよりも読書子に向けて
書かれた文学作品であり、現代文学の金字塔といえる作品である。

4 :吾輩は名無しである:2005/06/02(木) 22:51:38
禿同


5 :吾輩は名無しである:2005/06/03(金) 00:13:44
三沢さんは存在が文学!

6 :春樹:2005/06/03(金) 00:35:52
ノアだけが純文学

7 :吾輩は名無しである:2005/06/03(金) 12:16:13
まず三沢さんをしらねーガキがいること自体やべーだろ。
くだらねー教科書論争の他にやることあんだろ。
まぁ三沢さんの事を教科書にのっけたら覚えることが増えて教科書が3倍位の
厚さになるから、生徒だけじゃなく教師も発狂しちまうなwww

8 :吾輩は名無しである:2005/06/03(金) 14:03:33
人生は三沢さんのエルボー一発にも如かない

9 :吾輩は名無しである:2005/06/03(金) 14:35:43
人生は三沢さんのようなものである。ガチになりすぎても良くないが
慎重に戦いすぎるのものも好ましくない。

10 :吾輩は名無しである:2005/06/03(金) 15:28:12
ここ数年の文学作品で三沢さんの「理想主義者」ほど
2ちゃんねるのあちこちにテクストが貼られ、
侃々諤々の議論を招いた作品はなかったね。
「理想主義者」は筋を追うだけの物語ではなく、
一字一句を精査して解読していくという
味わい方を要求する文学作品だからだと思う。

11 :吾輩は名無しである:2005/06/07(火) 00:37:27
三沢さんは現代の奇跡だな。

12 :吾輩は名無しである:2005/06/09(木) 15:02:19
あとね、大会に出ると微妙なことがいろいろと。体操の短パンて透けるんですよ。
ロングタイツはちょっともっこりするし、恥ずかしいなあなんて意識しちゃう。
そのくせ、大会は男女一緒にやってたから、女子のほうチラチラ盗み見ては、
─おいおい、レオタード食い込んでるよお」みたいな。そんなもんでしょ、みんな。ん
〜、なんか、思春期の甘酸っぱい思い出。
でも俺、奥手は奥手だったと思いますよ。中1まで、子供がどうやってできるか知らな
かったもん。センズリも知らなかったし。友達にその方法を教えてもらったときは、
「えーっ、なんだそりゃ。うそだろー!?」ってぴっくらこきましたよ。
中1のときに、交換日記はしてたんですよ。俺は嫌だったんだけど、女子に頼まれて
ね。自分でやってて何が楽しいんだろうって悩んでた。いくら頑張っても2〜3行で終
わっちゃうしね。だから、本格的な男女交際っていうんですか、そういうのを意識したの
は中学2年からですね。一緒に下校すると、ドキドキして。手をつないだだけなのに、な
んかチンチン勃っちゃう……みたいな(笑)。

(『船出─三沢光晴自伝』より)

13 :吾輩は名無しである:2005/06/09(木) 17:18:12
>>12
三沢さんがこんな好漢だとは知らなかった
三沢さんというのは素晴らしい方なんですね

14 :吾輩は名無しである:2005/06/10(金) 10:17:57
>>12
惚れたでしょ

15 :吾輩は名無しである:2005/06/10(金) 10:24:56
もっとうpキボンヌ

16 :吾輩は名無しである:2005/06/12(日) 00:28:15
下はヨーロッパで秘密裏に行われて莫大な掛け金が動くという地下プロレスに参戦した時の三沢さんの評判とコメント
地下プロレスは凶器はなしだがそれ以外のすべての攻撃が認められていて相手を殺してもOkという真のリアルファイトだ
http://www.olhb.com/t/2ch/wj/img2/1091.jpg


17 :吾輩は名無しである:2005/06/12(日) 07:54:18
こんな所にまで、三沢スレが・・・!

18 :吾輩は名無しである:2005/06/12(日) 13:27:31
なぜあの自尊心の塊、ミルコが三沢光晴氏を尊敬するのか。
それは三沢光晴氏の経歴にある。
公式には83〜84年の間、彼はメキシコ遠征したとあるが、
これは事実ではない。

元英国特殊空挺部隊(SAS)一等准尉、ギャズ・ハンター氏は語る。
「ええ、彼は83年以前から極秘裏にSASの格闘技教官を勤めていました。
82年5月には単身、フォークランド紛争に身を投じています。
ペブル島に単独で潜入、本隊の上陸支援のためアルゼンチン軍機11機を破壊。
その成果と勇気を認められ、外国人としては異例の
『ナイト』の称号を女王陛下から贈られています。
84年、彼は惜しまれつつも部隊を離れましたが、多忙な中、部隊員のために
特殊任務の指揮を取るために前線に戻ってきています。
我々の合言葉に、危険を冒すものこそ勝利する、という言葉がありますが、
彼に勝利という言葉はあっても、危険という言葉はないでしょう(笑)」

恐らくミルコは我々の知らなかった三沢光晴を知っていたのだろう。
命のやりとりをしてきた彼にとってPRIDEの制覇など造作もない事だったのだろう。


19 :吾輩は名無しである:2005/06/12(日) 21:12:17
83〜84年の間、三沢はメキシコに遠征していたと言う話があるが、実際はどうも違うと言う話を聞いた。
これは1990年頃、某出版社の編集部に出入りしていた清掃人のAから漏れが聞いた話だ。
それによると、1983年の4月、プエルトリコにあるNASAの宇宙観測基地で謎の交信電波を観測した。
当初はただのノイズらしい?と言われていたが、NASAの特別顧問でカーネルメロン大学のジョーンズ教授
とその研究チームが念入りに調査を進めるうちに、この怪電波は某惑星から発せられた救難信号でないか?
という結論に至った。
最初はNASAもシカトする予定だったが解読された最後の文章が「次はお前らの番だ」という言葉だった
これに震え上がるNASA職員。ただちにこの情報は極秘裏にアメリカ大統領に伝わり、アメリカ軍全体に
極秘指令が下った。(プロジェクトスカイバード)
地球防衛計画を協議するNASA&NORAD特別チームが最後に決断したのは

地球の未来をミサワに託す事

1983年8月22日、ニューメキシコ州のエリア51に某惑星から来たUFOが着陸、ミサワを乗せて宇宙に
飛び立つ。同日、三沢は太陽系を飛び出した最初の人類になった。
一ヶ月に及ぶ宇宙旅行の末、某惑星にたどり着くミサワ

周囲には見た事も無い宇宙人どもの集団。太陽系最強を誇る三沢でさえ、最初は震えが止まらなかったという
戦いの詳細は最後に述べるとして、太陽系最強のミサワですら、彼らを絶滅させるのに1年近い時間を要した
と言う事は忘れないでほしい、決して楽な戦いではなかった

後に、この話を漫画化した作品が、日本中を熱狂させる事になる。日本で最も売れたマンガの一つである
DのN星編はミサワが宇宙で戦ってきた時に現実にあった話であると言われる
しかしこの話が実話であったこと。そしてその主人公が三沢であった事
三沢が宇宙を救った事は、地球でもごく一部の人間だけに知られていることだ

20 :停止しました。。。:停止
真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ

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