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カラマゾフで一粒の麦、地に落ちて・・・意味教えて

1 :吾輩は名無しである:2006/09/02(土) 17:20:32
17歳くらいに読んだんですが、いまだに意味がわかりません。
電車乗ってても、歯を磨いてても、夕日を見ても、気になって仕方ありません。
ドストエフスキーはカラマゾフの兄弟にこの言葉を書いたのはどういう意味だったんですか?
教えてください。

2 ::2006/09/02(土) 17:27:05
あとダメ親父と乞食女との子供が実はイワンだったって深読みは
全く見当違いですか?

3 :吾輩は名無しである:2006/09/02(土) 17:28:29
>>1
質問スレかドストスレで訊け
いちいちスレ立てるな

4 :吾輩は名無しである:2006/09/02(土) 17:49:16
一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。
自分の命を愛する者はそれを失ない、この世で自分の命を憎む者は、
それを保って永遠の命に至るであろう。
ヨハネによる福音書の12.24-25にこう書いてあったよ。

5 :(o^v^o) ◆m0yPyqc5MQ :2006/09/02(土) 23:25:43
 キリストは普遍愛への絶対帰依を説く方便として、
神の息子に見たてた自身を崇拝・献身させることで、
衆生を間接的に救済しよう

と、その麦の喩(たと)えばなしをしてるんだよ。

 ドストはそれを引用して物語の葛藤劇を深化させてるよ。

6 :吾輩は名無しである:2006/09/02(土) 23:35:26
マジで聞いているのですか?

たった一つぶの麦が、地面に落ちて麦のまんまだったら、
それでおしまいだけど、
麦が地面で死んで、新たな芽を吹いたら、そこからやがて
茎が伸びてたくさんの麦が穂につくでしょう?

それをたとえて、言っているわけよ。
「人が自己を捨てて、神に身を任せれば
そこから、たくさんの実がなる」ってさ。

神様に身を任せるってそれほど難しいのさ〜

でもって
イワンの出自をそこに持ってくるのは、
あまりと言えばあまりな間違いです。
イワンの母はアリョーシャと同じだって、
物語の最初の頃に書いてありますです。

7 :吾輩は名無しである:2006/09/02(土) 23:48:25
もちろんここでの命は命(いのち)なんだけれど、(手許の出所の
よくわからん英訳の新約聖書でも「life」だし。)命(めい)とか、
古事記ふうに命(みこと)とか、そういうふうに読んでも通じるね。
むしろそっちのほうが、引用に膨らみが出てくるかも。どう思う?

8 :吾輩は名無しである:2006/09/03(日) 02:48:14
調べる力のない人って悲惨ですね〜
だから文学好きが馬鹿にされるんだよ!!

9 :吾輩は名無しである:2006/09/03(日) 06:20:57
聖書の言葉って、クリスチャンでも戸惑うことがあるからね。
わからなかったら、きけばいいよ。
キクは一時の恥、キカヌは一生の恥さ。

ところで「ひとつぶの麦」はカラ兄の、どのあたりにあったっけか?

10 :吾輩は名無しである:2006/09/03(日) 11:16:36
はじめだよボケ

11 :吾輩は名無しである:2006/09/03(日) 11:43:42
>>9-10
ワラタ

12 :吾輩は名無しである:2006/09/03(日) 12:01:15
もう解決したジャン

13 :吾輩は名無しである:2006/09/03(日) 13:10:51
>>10
スマソ・・・

ところでその一粒の麦は、本書の中では誰に該当するのだろうね。
身を捨ててといえばやっぱりアリョーシャかな。

やはり書かれざる後編の
ロシア皇帝をピストルで撃って処刑されるとか言うあれが
身を捨てて多くの実を結ぶって言うところと直結するのかな。

でも、本当にそれが書かれるべき内容だったのか
よくわかんないし。

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