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この人たち以外読む必要がない

1 :無名草子さん:2006/07/05(水) 18:24:26
石原慎太郎→庄司薫→村上龍→村上春樹→よしもとばなな→綿矢金原


2 :無名草子さん:2006/07/05(水) 18:25:14
>>1
どういう「必要」があってその人たちの本を読むのかな。

3 :無名草子さん:2006/07/05(水) 18:25:24
これこそが、現代文学のおおきな流れです。

古臭い文豪臭い近代的小説など唾棄しましょう。

4 :無名草子さん:2006/07/05(水) 18:27:25
>>2
メジャーな文学に触れて、ちょっとした話のネタにするための、いわば素養なのです。

5 :無名草子さん:2006/07/05(水) 18:33:21
1にあげた人たちのデビュー作だけ読めば、ほかの文学は読む必要はないかもしれません。

6 :無名草子さん:2006/07/05(水) 18:37:08
綿矢金原は二人で一人の扱いか


7 :無名草子さん:2006/07/05(水) 18:49:49
>>6
そういうことですね、各人が半人前ということで。
いわびコンビ芸人ですね。

8 :無名草子さん:2006/07/05(水) 18:59:18
仲俣暁生がプッシュする作家は、町田康、赤坂真理、堀江敏幸、星野智幸、
吉田修一、という95年以降の作家に阿部和重を加えた6人で、そこにさらに、
黒田晶、保坂和志、そして(文学の範疇に入れられてはいないけれど)
高見広春、が加わる。これらの作家を語る仲俣暁生の視点は、
村上龍、村上春樹、高橋源一郎、と続き、吉本ばなな、をつけ加えた、
一種正統な日本文学史にある。一方、別に排除されている作家が2人いる。
それは仲俣暁生いわくの“新宿系”――花村萬月と藤沢周で、
彼らについてこのように述べられている。

“彼らの小説においては、村上龍・村上春樹以降、80年代の「
ポップ文学」や「ポストモダン文学」がおこなってきた文体や方法論の革新が
いっさい認められません。セックスや暴力の描写もひどく素朴なままで、
いわば「アプレゲール(戦後派)文学」のレベルまで押し戻されてしまっているように思えます”



9 :無名草子さん:2006/07/05(水) 19:13:48
>>4
コミュニケーションを回すための「ちょっとした話のネタ」なら
そもそも文学以外のジャンルに求めるべきだろ。
そのほうが効率的だし機能的だ。

10 :無名草子さん:2006/07/05(水) 21:07:09
石原慎太郎→庄司薫→村上龍→村上春樹→よしもとばなな→綿矢金原



11 :無名草子さん:2006/07/05(水) 21:21:21
フロイトさえ読めば他の本など何も読まなくていい

12 :無名草子さん:2006/07/05(水) 21:27:59
綿矢金原どこがいいの?


13 :無名草子さん:2006/07/05(水) 21:31:12
石原を誉めてる人を聞いたことがないんだが
福田がおべっかを使ってたくらいのような

14 :無名草子さん:2006/07/05(水) 22:05:41
>>12
宮部美由紀みたいなくだらないストーリーモノより
人間の心理が描かれている

15 :無名草子さん:2006/07/06(木) 06:43:29
おまえが宮部みゆきと綿矢金原しか読んでないのはわかったよ

16 :無名草子さん:2006/07/06(木) 15:00:54
>>15

そうでもないっす。僕はしっかり大江健三郎も、クッツェーも読んでます

17 :無名草子さん:2006/07/07(金) 14:22:07
すげえ

18 :無名草子さん:2006/07/08(土) 15:20:28
石原慎太郎→庄司薫→村上龍→村上春樹→よしもとばなな→綿矢金原



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