5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

ゲド戦記とアーシュラ・K・ル=グウィン 第4章

576 :なまえ_____かえす日:2006/11/11(土) 14:49:12 ID:65aESnPN
>>567
勘違いだったら申し訳ないが、あなたはそもそもゲド戦記が描く世界が
「善人」と「悪人」の世界で構成されていると感じ取ったのかな?

自分は、ゲド戦記…というか、アースシーの世界は、善悪ではなく
いろいろな意味での上下の格差とそこから生み出されるものを描いていると思うんだが。
例えば、「統べる強者」と「従わされる弱者」のような意味で。
前者の「強者」つまり作品の中では、権力者であったり海賊のような力を奮う者であったり
女に対しての男であったりと、様々な立場が用意され、魔法使いといった権威ある人々も、
こちらに属している。
一方、後者の「弱者」は貧しい人々であったり、子供であったり、女であったり、魔法使い
に対しての一般人であったりと、明らかに劣るとされる人々が登場する。

これら強者と弱者の中には、素晴らしい人々もいればダメな人間もいる。
例えば、一巻のペチパリ。彼は善なのか悪なのか? そこには明確な区分けなど無い。
ただ、それぞれの立場に従って、それぞれの行為が淡々と描かれているだけだ。

これらを善と悪に分けるのは、ちと乱暴では?
物語の主人公であるゲドは弱者から、強者へと駆け上がり、やがて頂点まで極めた。
しかしその強者の頂点まで上り詰めた者が、4巻で弱者の、しかも底辺にまで身を落とす所が
シリーズの後半のテーマとしては重要であり、そのゲドを支え、時には呆れ、叱咤しそして
慰めるのが、同じく強者の立場からゲドに先んじて、しかも自ら進んで弱者に加わったテナー
だったこと、さらに同じく、弱者の最底辺から生まれてきたのがテルーである点も重要だ。
それら弱者が、5巻では世界を統べる王と席を同じくし、竜という最強の強者も弱者も
全ての存在が一つとなって、全ての格差を作り出した源の「垣根」を取り払ったという点に、
ルグィンが描きたかったアースシーの世界があると思ったんだがね。

こういった世界の中には、「善」も「悪」もなく、「罪」と「罰」も存在しないと思うんだが。
だから、それぞれの立場など、いちいち踏み込んで描く必要もないし、欲しいとも思わないな。
(とはいえ5巻はあまりにも展開が早く感じられたので、もう少しじっくり描きこんで欲しかった)

249 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)